nitty-gritty

□責誚
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船が口を開けた。まるで鯨のように。その中に車は飲み込まれていった。

車は船の中に入った。ずぶ濡れの車から水が滴る。車を開けて外に出れば、御試し御用の格好をしているものの、確かにそうだった。見廻組の隊士たちが集まってきた。

「秋本さん。」
「慣れないのにありがとう。」
「いえ。それより…。」
隊士の一人が楓にメモを見せる。夜衛門と御試し御用の動きが書いてあった。楓は一瞬で目を通した。
「分かった。ご苦労様。」
「ご武運を祈ります。」
楓は歩き出したが、チラリと振り向けば、隊士が全員敬礼をしている。新井が手を振っている。楓も軽く手を挙げて返事をした。そして、夜衛門たちの元へと向かった。



「銀ちゃん?」
ぼんやりとしていたらしい。神楽と新八が心配そうに銀時の顔を見上げていた。

「銀さん、そこに座ってください。」
顔色が悪く見えたのか、新八が近くにあるソファーに座るように促す。銀時はゆっくり腰を下ろした。
「悪りいな。」
「いえ。仕方ないですよ。まさか、楓ちゃんが…。」
二人も散々泣いたのか目を腫らしていた。

一か八かだ。佐々木と新井が何か隠しているかもしれない。
「なぁ、もし楓が生きてるとしたらどうする?」
「え…。」
二人は困惑したように銀時を見た。
「冗談よせヨ。だって楓は…。」
目の前で殺されたじゃないか。神楽の口調は少し怒りを含んでいた。自分たちは夢に踊らされるほど子供じゃない。

「あいつは諜報員だ。任務のためなら何でもやるだろうな。」
二人は顔を見合わせた。銀時の言わんとすることが分からない。銀時はニヤリとして言った。
「俺らを裏切るのに罪悪感はないだろうよ。」
銀時は立ち上がった。そのまま、デッキへと歩き出す。
「銀さん!」
二人は慌ててついていこうとしたが、銀時に止められた。
(そこにいろ。)
小声で言われた通り二人は物陰に隠れて様子を伺った。

「あ…あの……っ…。」
銀時の背が震えた。ズズッと鼻水を啜って言った。袖でゴシゴシと溢れる涙を拭うが、それでも涙は止まらない。
「どっ……どうしましたか…。」
坊さんが引きぎみに問う。
「楓………にっ…最後に………お別れを……したくて……ズズッ。」
突然現れた男に参列者はぎょっとした顔をした。泣きっ面の酷さは表現のしようがない。

「仕方ありません。」
涙を拭う銀時の肩を叩いて、佐々木が慰める。
「彼は秋本と旧い仲でしたので…。」
肩を叩いて、銀時の右耳に一瞬でイヤフォンを入れた。
「もう一度会わせてやってもらえませんか。」
(バレないよう願いたいですね。)
大袈裟すぎる嘘泣きを続ける銀時は一瞬泣き止みそうになった。右から低く魔王の囁きが聞こえた。

「楓…っ……お前、何で……ズズッ………。」
夫を亡くした未亡人のように棺桶にすがり、顔の部分の蓋を開けた。窓のようになっているため、参列者の位置からは見えない。上に被さって中を覗き込んだ。坊さんからも楓が中に入っていないことはバレなかった。
(気がすんだら退いてください。)
また佐々木が囁く。
「ひっく……さよならだな………。」
ゆっくりと蓋を閉めた。泣きすぎて目が乾燥してきた。見るに汚い面になっていた。
銀時はゆらりと立ち上がり、そのままおぼつかない足どりで船の中に入った。友達想いの旧友を演じきったのだ。

「なんて汚い面アルか!近づかないでヨ!」
その後、二人を連れてトイレに向かった。水道でバシャバシャと顔を洗った。
「で、どうだったんですか?」
銀時は鏡を見つめ、顔をタオルで拭いた。
「いなかった。」
二人は何も言わなかった。銀時の言葉を待った。

「佐々木は参列者や坊さんにこの事をバラしたくないみたいだ。もしかしたら…。」
その先に言葉は続かなかった。自分の白くなったジャケットの袖を見た。

二人をトイレの前で待たせ、銀時は誰もいない更衣室に一人忍び込んだ。お偉いさんだと予備の着替えを持っているだろうと踏んだ。ロッカーを一つずつ開けて物色すれば、予想通りだった。状態もよかった。着ていたワイシャツとジャケットを脱ぎ捨て、ロッカーから着替えを拝借した。鏡で写して、黒ネクタイを結び直した。

「待たしたな。」
二人に合流して、非常階段を駆け降りる。そこにはモーターボートが並ぶ空間があった。船の最後部に位置していた。
「脱出用のボートか。」
「銀ちゃん!動くアル!」
ブゥゥンとモーターが作動する。
「開けますよ!」
新八が船の扉を開ける。目の前に青い水面が広がった。
「乗れ!行くぞ!」
二人が慌ててボートに乗る。銀時が押し出す。水面に乗ったボートに銀時も乗り込む。
ボートを加速させ、夜衛門たちの船を追った。対面にすれ違ってからあまり経っていない。

陽が傾いてきた。ボートは水しぶきをあげながら進み続けた。
夜衛門たちが乗る船はそれほど速いスピードで進んでおらず、すぐに追いついた。
「そこの梯子を登るぞ。」
銀時が船の縁に掛けられた梯子を指差す。ハンドルを調整しながらボートを船にぴったりくっつけた。上を見て、誰もいないことを確認すると三人は順に梯子を登り始めた。



船内に足を踏み入れれば、人気が少なかった。楓は足音を立てずに歩き続けていた。
その時、遠くから人の声が聞こえた。こちらに向かってきていた。楓は近くの部屋に身を隠した。

声が通りすぎるのを待って、部屋の明かりをつけた。異様な臭いがしていた。目の前に見えたのは樽が並んだ空間だった。

手前の樽の蓋を開ける。
人の生首が入っていた。

隣の樽を開ける。
人の生首が入っていた。

隣の樽を開ける。
人の生首が入っていた。


きっと、ここらは生首まみれだろうと思って、一番奥の樽の蓋を開ける。
人の生首が入っていた。

試しに隣の樽を開ける。
人の生首が入っていた。

試しに隣の樽を開ける。
「…生首かね。」
「いえ…私、死んでない気がするんですが…。」

中に入っていたのは生首ではなく朝衛門だった。
「これは監禁かね。」
「いえ…一応、私は書類上では死んだとのことなんですが…。」
朝衛門は立ち上がる。
「しかし、なぜ本当の死体が目の前に…。」
「生きとるがな。」

楓は扉を見つめて言った。
「朝衛門。一つ、利用されてくれんかね。」
「え…?」
鍵をかけた扉が破られた。
「貴様!何者だ!」
御試し御用の男が二人、中に入ってくる。
「怪しい者じゃなか。」
「嘘つけ!」
諦めて楓は両手を挙げる。
「こっちへ来い。」
楓はゆっくりと男二人の前に立った。
「よし。着いてこい。」
一人が扉を開けるために背を向けた。その時だった。楓は拳で男を殴る。
「貴様っ!」
男が気絶して倒れる。もう一人も反撃しようとしたが、その隙も与えずあっさり倒した。

「お見事ですね。」
「まあね。」
嫌な気もするが仕方ない。楓は御試し御用の装束を剥がして着替えた。
「なんか前、うちの開発者が自在に変身できるスーツみたいなのを開発してくれたんだけど、意外と不便でね。」
「へぇ…。」
楓は髪を纏めると、懐から取り出した髷を結った男のマスクを被る。
「…で、利用されてどうすれば……。」
朝衛門は樽から出ると、代わりに身ぐるみを剥がした男を入れる。楓を見れば、小柄な男に変わっていた。

「よし。行こうか。」
朝衛門と扉に向かう。声はまだ、楓のままだった。


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