nitty-gritty

□怨讐
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朝衛門と別れた後、楓は鍛冶屋を訪れていた。
「兄者は生憎留守なんだ。私でよければすぐに打つが。」
「よろしく頼むよ。」

兄と二人で鍛冶屋を営む村田鉄子は仕事を快く引き受けた。
「しかし…あんた、あまり見ない顔だな。」
「そうだな。町へはあまり出ないし…出たとしても遠出するからかな。」
「そうか。」
会話が途切れた。楓は入り口の柱にもたれたまま、鉄を溶かす鉄子の背を眺めていたが、すぐに視線を外にうつした。
これから万事屋とどう関わるべきか。夜衛門をどうするか。課題は多すぎた。今までに積み上げた怨念と罪が重くのし掛かっていた。
「あんた…何の仕事してるんだ?」
「…まあ、こうみえても見廻組なんだ。」
と答えたが、それはあくまでも表向きの顔だ。
「ほお。あそこの副長さんは女だって聞くけどね。まだ、新人かい?」
「そんなとこだよ。」
見廻組に正式に入って1ヶ月も経ってないのに副長補佐をやっているなど言う必要もないだろう。

鉄を叩く音が響き始めた。ぼんやりと外を眺めながら物思いにふけっていた。
振り出しに戻ったのは分かっている。だけど、今までとは違う。同じ道は辿れない。いや、辿っちゃいけない。どっちの味方をするつもりはなかった。ただ、言い換えてしまえばどっちの味方でもあるのだ。人間らしいって何なんだ。今までの私はただの鬼か。人を殺すことが、意思を持たないことが、今までの自分の全てだったというのに。

答えが出せない。考えることが多すぎる。今まで以上に悩んでいる自分がいた。
ふと、鉄を叩く音が止む。
「悩み事か?」
「…分かるか。」
「顔には出してないつもりだろうが…分かるよ。」
「……。」
普通に生活していれば悩まないようなことまで悩んでいるのだ。多少なりとも顔に出ているのかもしれない。
「小さいことに悩みやすい質でね。」
「相談に乗れるかな?」
親身な女だった。人のことをよく観察していた。
「…自分の生きる意味って考えたことあるか。」
「そうだな…。ちゃんとではないけど、なくもない。でもどうして?」
楓は目を閉じて、息を吐き出した。

「あたしの知り合いに生きる意味を見いだせない女がいるんだ。そいつは諜報員で、常に危険に身を置いている。だが、いつからか狂ってしまったんだ。上司に操られるばかりにね。」
秋本楓を自分から切り離し、まるで他人事のように語ってみせた。鉄子は暫く考え込むと、口を開いた。
「その女は…今、不幸なのか?」
「……。」
鉄子の真っ直ぐな視線が少女に向いた。
「あんたはその人に随分親身みたいだ。まるで自分のことみたいに考えて、そこまで悩んでいるなんて。」
鉄子に、答えじゃなくともヒントを得ようとしている自分がいた。この難題を解くためのヒントだ。
「きっと、不幸だと考えているだろうな。なんせ、諜報員だから。他人とは違う、って常に考えてる。」
鉄子はまた熱した鉄を叩く。
「生きる意味は私にも分からない。だけど、少なからず一人一人にあると思うんだ。」

生きる意味。つまり、人生のnitty-gritty。佐々木は教えてくれなかった。自分のことをさんざん利用しておいて、自分で見つけろと言った。
だが、それが正しいのだろう。奴に意味を乞うたところで、いい加減なことを言われるかもしれない。
だが反面、こうとも思った。人生の意味を、本質を与えてしまえば、自分の思うがまま、今以上に操れるかもしれないのに。与える生きる意味が、たとえ、いい加減なものであればなおさらだ。
一体、奴は何を考えている?



「こんなものでどうだろうか。」
数時間後、鉄子は楓に声をかけた。作業している途中で雨が降り始めた頃、楓は中にある石のブロックに腰かけていた。が、いつの間にか眠っていたらしい。
「寝てしまったか…。」
鉄子は肩を叩こうと手を伸ばした、その時だった。
「待て。」
鉄子が振り向けば、入口に銀髪の男がいた。
「そいつの知り合いなんだ。俺が起こすから、引いてくれないか。」
「…ああ。」
鉄子は怪訝そうな顔をしたものの、部屋の中央まで後退りした。銀時は鉄子を背にして楓の前に立つ。
「おい。」
手が肩に触れるや否や、楓は瞬時に顔をあげ、銀時の真正面に銃口を突きつける。
「癖、抜けねぇな。」
銀時は冷やかに楓を見下ろした。楓は銀時を認識すると、目を見開いたまま、ゆっくりと拳銃を下ろす。
「俺以外に、そんなの急に向けたら驚くだろ。」
「…すいません。」
昔から染み付いた癖は、いつになっても抜けなかった。起きてから、1秒でも早く相手を殺すか殺さないかで自分が死ぬか死なないかが決まるのだ。だから、眠るときは枕の下に拳銃を隠していた。それ以外は手に持って眠っていた。
楓は俯いたまま、拳銃をホルスターにしまうと立ち上がった。鉄子は鞘に納めた造りたての刀を楓に差し出した。
「ありがとう。」
「折れたら、また来てくれ。」
「分かった。」
鉄子は微笑んだ。楓は頬を緩ませることもできずに、ただ一つ頷いただけだった。もしかしたら、嘘も何もかもを悟られたかもしれない。

去り際、鉄子は楓の背に言った。
「生きる意味…見つけられるといいな。」
「伝えておくよ。」
「…いや、あんたに言ったんだ。」
楓は鉄子を振り向いた。
「あたしも、そう願ってるよ。」
鉄子は笑って、奥の部屋に姿を消した。

外は雨が降り続いていた。傘は持っていない。
「もう、逃げないんじゃなかったのか。」
隣に立った銀時は傘を開いた。
「てめぇが俺らのこと信じられなくとも、俺らはお前のこと信じてる。だから…。」
銀時は今にも雨の中に飛び出さんとしている楓の右腕を強く掴んで、引き留めていた。
「戻ってこいよ、楓。」
逃げたい。逃げたい。
もう、誰も傷つけたくないのに。
どうして引き留めるの?
涙も枯れて、泣くこともできなかった。俯いたまま、抵抗を止めて、その場に立ち竦んだ。
「帰ろうぜ。」
帰れるはずない。あの時と同じだ。
銀時は歩き出すと、強引に楓の右腕を引いて傘に引き入れた。

「どうして、ここまで私を…。」
静かに言った。声が震えた。
「人を殺すことが苦しかった。あの時は確かに無意識だったとはいえ、佐々木の言うことは絶対です。だから、あなたたちを殺さなくてもいいという保証はない…。私が意識しない間にあなたたちを殺してしまうんじゃないかって…。また、誰かを殺すんじゃないかって…。」
銀時は足を止めた。楓は銀時の横顔を見上げた。

「それがどうした。」
「……。」
「お前は俺らのことは殺せねぇ。俺らもお前に殺されねぇ。たとえ、お前に意思がなかろうと俺らはお前を止める。…嫌だと言うなら、お前に誰も殺させねぇよ。」
楓は俯いて顔をしかめた。
「それなら、帰れるだろ。」
銀時たちが弱いとは思っていない。ただ、無意識下の命令と瀬虎の本能に、銀時たちはおろか、自分自身も耐えられる自信がない。
この期に及んで、銀時たちを信じられない。
足をすくわれないように。そんな囁きさえなければ、自分が普通の人間であればよかったのに。

銀時はまた歩き出した。楓も歩調を合わせて歩き出した。
万事屋が近づいていた。だが、銀時は何を考えたのか、万事屋の階段の手前、スナックの前で足を止めた。
「隠してること。昔語りでもしてくれや。あいつらの前じゃ話せねえだろ。」
軒下で銀時は傘をたたみながら言った。
「何の…。」
「とぼけるなよ。夜衛門のことだ。」
銀時は楓の背を2回叩いて、入るように促した。楓は懐かしい空間へ、戸を開けて踏み出した。


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