nitty-gritty

□殲滅
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「貴様はまた…罪を重ねるのか。」
桂は顔を上げずに、しかしはっきりした口調で言った。桂の倒れる後ろにある扉が開き、土方と沖田が入ってくる。屋根を伝って反対側に来たのだ。
「状況が状況だ。…今だけは助けてやる。もう喋んじゃねぇ。」
「…すまないな。」
土方と沖田が桂を起こし、壁に寄りかからせる。同じくして救護隊が入ってきて治療を始める。

「何があろうと総督命令は絶対だ。」
楓は左腕に刺さった小太刀を抜き、足元に捨てた。体勢を低くして、抜刀の構えを取る。
銀時の合図で近藤と伊東が扉から出ていく。銀時は真剣を構えた。しかし、二人に続いて隊士らが出ていこうとしたときだった。
「逃げるなって…言ったろ。」
「っ…!!」
楓は刀を振ったのだろうか。銀時はそれすらわからずに目を見開いた。両脇を一陣の風が通りすぎる。
瞬間、隊士たちが血を噴き出して倒れる。近藤は腕に深い傷を負っていた。仲間を失う悲しみに涙を流しながら2号車へ駆け込む。伊東は避難するよう声をかけながら隊士たちをを引き連れて近藤の後を追い、ひたすら駆けた。

激しい揺れの後に列車は動きを止め、停車した。銀時は後ろに誰もいないことを確認すると、楓に背を向けて扉から飛び出した。
楓も後を追う。銀時は2号車の屋根に上っていた。楓も軽々と屋根へと上る。銀時は楓がついてきていることを確認して振り向き、足を止めた。
「俺を殺すことは…お前の意思じゃないだろ?」
「…私の意思だ。お前は私を殺そうとした。」
違う。記憶が混乱したのは瀬虎の末期のせいじゃない。佐々木は何らかの手段で、楓は自分の意思で銀時と桂を殺そうとしている、と吹き込んだのだ。そう、きっとフェイクだ。楓の中では銀時と桂を自分の意思で殺すとし、伊東と真選組を総督の指令で殺すということになった。だが、実際にはそんな楓の意思や総督の指令などという仕切りはなく、全て佐々木の狙いだったのだ。そう、銀時が総督室に呼ばれてスピーカー越しに楓と佐々木の電話を聞いてしまったときから全てが狂っていたのだ。楓の言葉だったから。それが余計に銀時を惑わせた。

「お前に意思はねぇのか。」
銀時にはとても楓と話しているような気持ちにはなれなかった。楓の姿かたちをした真っ黒い殺人鬼。そいつか楓の姿をしていることに無性に腹が立った。
「あるよ。…生きることさね。」
酷く冷たい黄金色の眼は心からそう願っているようには見えなかった。口調もそうだ。絶望をも感じさせた。

―どうせ、叶いっこないのさ。

「お前を殺す。」
「…それで全ての憎しみが消えるのか?」
「そう信じるしか希望はないんだ。」
銀時は眉間に皺を寄せた。それでも楓を殺したくない。ただ、一瞬でも正気に戻せれば…。楓が抜刀の構えを取る。

―こいつは楓じゃないんだ。

銀時は自分にそう言い聞かせた。そうじゃなきゃ、剣筋に迷いが出てしまう。鎌鼬のような風が銀時の頬を掠め、血をにじませた。キィンと金属がぶつかり合う。一つ一つの攻撃が重く、じわじわと体力を削られる。繰り返すごとに動きに緩みが出てくる。楓はその隙を見逃さなかった。剣の緩んだ銀時の懐に一瞬で入り込んだ。
「っ…!!」
気づいたときにはもう遅かった。白刃が自分の腹を貫抜く様を痛みを感じることなく茫然と見ていた。瞬時に刀が腹から抜かれ、楓が身を屈めて新たな構えをとった瞬間、初めて激痛が走った。楓を目の前にして身体を動かせない自分に気づいた。

―殺せないの?
―何故?

切り裂かれた。胸から、腹から血が吹き出している。痛い、痛い。けど、動けない。自分の手で楓を殺めることを恐れていた。

―殺されたくないでしょ?
―なら、私を殺してよ。

身体を回転させた楓の隊服の白い裾が翻り、銀時の足に触れただけで深い傷ができた。そこからも血が流れる。よくよく見れば、裾が金属の光沢を放っている。鋼鉄の鋭利な刃が仕込まれていた。
「何故、反撃しない。」

―これ以上あなたのこと傷つけたくない。
―殺してよ。

楓の声が頭の中で響く。現実と反した言葉。封じ込められた意志の中からはっきり聞こえる。
銀時は息をゆっくりと吐き出し、振りかざされた楓の刀を素手で受け止めた。手から血が流れる。
「いい加減正気に戻れよ、楓。」
楓を突き放すように思いきり腹を蹴る。ゴキッと音がした。肋骨が数本折れたのだろう。
「ゲホッゲホッ…。」
蒸せながら着地した楓は腹を抱え、銀時を睨み付ける。銀時は握っていた刀を後ろに投げた。ニヤリと笑って言う。
「俺のこと思い出させてやるよ。」
楓は立ち上がった。ホルスターから拳銃を取りだし、安全装置をはずす。銃口を真っ直ぐ銀時に向ける。銀時にとって、不思議とそこから放たれる弾の弾道が見えるようだった。右へ左へと避け、楓との間合いを一気に詰める。
「気持ちがブレてんのはお前の方らしいな。」
銀時に弾が当たらない。楓はここで初めて顔に戸惑いの色を見せた。銀時は拳銃を構えている楓の右手を折れるくらいに強く掴む。
「撃ってみろよ。」
銀時は銃口を自分の心臓の位置につける。楓の手は震えていた。

「E−85。何を手こずっているのです?殺すのでしょう。あなたが言ったのですから。」
「佐々木っ……!!」
銀時は目を見開いた。薄笑いを浮かべた佐々木が楓の後ろ、二人に歩み寄ってくる。
「それとも…任務失敗でしょうか。…まあ、桂は直に死ぬでしょう。坂田銀時に関しては…まさか殺せないなんてことはないですよねぇ。」
佐々木は内ポケットから拳銃を取りだし、二人に向ける。
向けられた銃口から放たれた銃弾は真っ直ぐに楓の右肩を貫き、銀時の左胸に命中する。ああ、今度は分量の間違えた睡眠薬じゃないよね。銀時はふとそんなことを考えた。ただ、顔に笑いを浮かべなかったのは、自分が倒れる直前に楓の眼に悲しみの色が浮かんだから。一瞬でも思い出してくれたならそれでいいんだ。



「E−85。何をしているのです。」
一瞬、気が遠くなった。佐々木の声で意識を保つ。目の前で起きたことが目に焼きついて離れない。力を無くした彼の体は力なくゴロゴロと屋根を転がって、草原に落ちていった。それをただ茫然と、まるでテレビみたいに眺めていた。

―悲しいの?

そんなはずないでしょ。今までだって散々人を殺めてきたっていうのに、何が違うって言うの。
あの人が佐々木に殺されたから?

―そんなんじゃ、自分で殺す方がよっぽど…。

思考が途切れる。項にビリビリと電流が走る。痛みに思わず手をやった。

―伊藤と真選組。片付けてしまえば私の任務は終わり…。

楓は拳銃を手に、最後部車両へ向かって歩き出した。



暗闇の中、銀時は壁に持たれて座っていた。差し伸べられた真っ白な手が俯いた視界に入ってくる。

「ご迷惑をおかけしたことは分かってるんです。今までもずっとそうでした。…でも、今回も私のこときっと護ってくれますよね?坂田さん。」
顔をあげた先には銀時の目線と合わせるために腰を屈めた楓の穏やかな微笑みがあった。

―光だ。

差し伸べられた手は温かかった。



銀時は目を開けた。目の前には新八と神楽の心配そうな顔が見える。
「楓…。」
夢を見て酷く安心している自分に気づいた。草原で眠っていたらしい。
「銀ちゃん…。楓が真選組と伊東を殺しに…。」
神楽の言葉に思考が動き出す。
「近藤さんたちが必死に交戦しているんですが…既に残っている人数も少ないんです。」
銀時は唇を噛み締めた。身体が痛む。左胸に命中した弾丸は心臓には当たっていなかった。もう2、3センチずれていたら今、確実にこの世にいないだろう。
「先に行って様子を見てくんねぇか。俺もすぐに行くからよ。」
「分かったアル!」
二人は走っていく。はなから上手く事が進むことは期待していなかった。これは白紙委任状に記された任務じゃない。自分で決めたことだ。
まだ、楓は正気には戻っていない。ただ不思議なことに、昔よりちょっと彼女の真意に近づけたような気がしてならないのだ。


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