nitty-gritty

□逆行
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神威が腕を外すと、ゆっくりと眠るように目を閉じた楓は、崩れるように倒れた。
「嘘ネ…こんなの…。」
楓が負けた。その事実を突きつけられたことに、一行は言葉もなく立ち竦んだ。

「楓!」
神楽が楓に駆け寄る。ジワリと砂利に血が染みていた。
ピクリとも動かない。それどころか生きているかどうかも定かではない。

「まあ、試作品らしいから何が起こるかは俺にも分からない。行こう、阿伏兎。」
「…ああ。」
阿伏兎は少年を小脇に抱えると、神威の隣についた。神楽はポロポロと涙を流しながら去っていく二人の背を見つめていた。
―また、同じことを繰り返してるネ…
遠い記憶と重なった。

ダム、ダムと隣から銃声が聞こえて我に返った。弾丸は神威の左肩を撃ち抜いていた。
「新井…。」
見上げれば、明らかにいつもと様子が違う新井が落ちていた焦げ茶の番傘を構えている。
「無責任な野郎だな。」
新井の言葉に、振り向いた神威は獲物を見つけたように嬉しそうな笑みを浮かべた。
「素人は口出ししない方がいい。慣れない傘まで使ってさ。」
「素人?随分ナメられたもんだな。」
新井は二人のもとに歩み寄った。
「こっちだって、あんたらと何ら変わりはないさ。」
サングラスを外す。楓と同じ、黄金色の眼で神威をキツく睨み付ける。神威は納得のいったような顔をした。
「お兄さんも瀬虎、か。」

「宣戦布告だ。今度、楓に何かあればお前を殺してやる。」
低く押し殺すような新井の声に神威はニコリと笑って答えた。
「いいよ。喜んで引き受けるよ。その代わり、お兄さんも覚悟しといてね。」
そして、そのまま二人は去っていった。

「新井…。」
神楽の予想は的中していた。新井も瀬虎だった。だが、今は心配すべきことがある。
「ごめんアル…。うちのバカ兄貴が…。」
神楽はまた流れそうな涙を堪えながら謝った。
「君のせいじゃないよ。楓だって頑張ったんだ。これは仕方ない。」
新井は振り向いて、神楽に微笑みかけた。優しい、紅い眼だ。だがすぐに、それはサングラスに隠された。
「これからのことを考えませんか。」
新井の言葉に、三人は頷いた。



「ぬしら…。」
遊郭を出ると、待っていたかのように月詠が声をかけた。
「行く宛はあるのか?」
「いえ…ないですが…。」
「ならば、わっちらのところに来い。その女の介抱くらいはできるじゃろう。」
四人は顔を見合わせた。
「宜しくお願いします。」

そうして、着いた小さな民家の2階の空き部屋に、敷かれた布団に楓は寝かされた。
「大丈夫かな、楓ちゃん…。」
「今のところ何も変わったことはないな…。」
「いえ、坂田さん。」
「っ…!」
四人で布団を取り囲むようにして座っていた。変化が起きるのにそう時間はかからなかった。
眠った楓の黒い髪から色素が抜けるように灰色に変わっていく。
「楓…!」
依然として楓は目を覚ますことはなかった。



夜は交代で睡眠をとり、様子を看ていた。
「新井、そろそろ代わるぞ。」
「もう、そんな時間ですか。」
百華の女たちは一階で寝ている。一行のために二階を貸しきりにしてくれた。無理せんようにしなんし、と言って、月詠は一階に降りていった。

「坂田さん。…あの薬は本物だと思いますか。」
「…。」
偽物だと信じたいのは銀時も同じだ。


新井は布団の脇から立ち上がって窓辺に向かった。障子を開けても薄暗い部屋に光一つ入らなかった。
「夜王・鳳仙のもとに一人の遊女が幽閉されています。」
その遊女、日輪という名なんですが、かなりの上玉でしてね。吉原の太陽とも言うべき存在でした。
しかし、ある時。彼女のもとにいた一人の遊女が子供を産んだんです。その遊女はすぐに亡くなってしまったそうですが、その子供の存在は他の遊女たちにとって希望そのものでした。何故なら、吉原では子供を産むことを許されてはいないからです。そのため、子供が鳳仙によって殺される前に、日輪は子供を逃がす決断をしたんです―。

「まあ、日輪は幼い頃から鳳仙と関わりがあったみたいですがね。…楓のこと、宜しくお願いします。何かあったら呼んでください。」
「…ああ。」
それだけ話すと、新井は部屋を出ていった。
「日輪…ねぇ。」
新井が何故、そんなにもその遊女について詳しいのか気になったが、すぐに考えるのを止めた。



それから何もすることもなく、気づけば夜明けを迎えるはずの時間になっていた。銀時は楓の顔を見やった。
「…。」
銀時はふと、楓の瞼がゆっくりと開くのをじっと、息を詰めて見ていた。銀色の瞳が見えたときに覚えた落胆と安堵と共に息を吐きだした。

「楓。俺が分かるか?」
「…。」
楓は銀時に焦点を合わせ、暫くぼんやりと考えるようにしていたが、やがて銀色の眼が大きく見開かれた。
「白夜叉…!」
布団から飛び起きるや否や、行動はさすがと言っていいほど速かった。
「おい、ちょっと待てって…!」
逃げる楓を追う。楓が襖を開けようと手をかけると、自動で開いた。そして、目の前に佐々木がいた。
「総督…。なんで、こんなところに…。」
困惑する楓に佐々木は呆れたように溜め息をついた。
「聞いた通り、本当に逆行してますね。」
佐々木は白い隊服の内ポケットから分厚い書類を取り出した。
「まあ、座ってください。昔話でもしましょう。」
「佐々木…。」
突然の佐々木の登場に戸惑った銀時は問うが、それを察したように佐々木は答えた。
「新井さんに連絡を頂きました。そして、任務完了の報告を代理で。…本当は本人にやってもらいたかったのですが…この様子じゃ、そうもいかないでしょう?」
佐々木はそう言って、人数分の座布団を並べている楓を見やった。そこに神楽と新八、月詠が来た。


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