nitty-gritty

□桜花
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―なあ、明日暇だったらでいいんだけど…
―花見でもしねえか?

朝、楓が部屋でケータイを見ると一通のメールが届いていた。銀時からであった。
そういわれれば、季節は既に寒い冬を越した春で、まだ冷たい風の中、桜が咲いていたな…などと想いを巡らせた。桜なんてじっくりと眺めたことなどない。町を彩る、ただの飾り物に過ぎないと思っていた。自分の中では桜はそんなイメージだったが、どうやらそれに限らないらしい。そう言えば毎年、真選組は桜を眺めて宴会をする行事―お花見といったはずだ―を開催しているらしい。当然やったことはない。意外なことに見廻組ではそうゆうことはしない。

そんなイベントにいつもの黒装束は合わないだろうか。クローゼットから引っ張り出してふと考えた。ハンガーの服を掻き分けて、前の休暇のときに買った藍色のチャイナ服を眺めた。これならいいだろう。着替えてから、髪はポニーテールに結った。ポーチをつけて、底の平べったい靴を履いた。

「おっ、坂田さんとデートか。」
「そんなんじゃないし。」
部屋を出てから、通りすがりの新井に冷やかされたが、実際にそんなのではない。
「花見だって。」
「そう。まあ楽しんできなよ。」
新井と別れて、屯所の出口へと向かった。



屯所から歩いて暫くすると、銀時からのメールにあった団子屋に着いた。
「どうも。」
そこの敷地に点々と設置された座席の一画を覗き込み、声をかけた。
「楓!今日は仕事なかったアルか!」
「うん。」
赤い布の敷かれた四角い椅子に腰掛け、大きな番傘の下、3人が団子を頬張っていた。神楽は顔を輝かせると、楓に自分の隣に座るように促した。銀時はその間に手を上げ、団子を追加注文していた。
「楓ちゃんは、お花見したことあるんですか?」
「それがないんだよね。」
「人生初、か。」
「そうゆうことになりますね。」
団子が運ばれてきて、神楽が受け取った。
「団子は食べたことあるアルか?」
「ないなぁ…。」
神楽から団子を一本受け取り、じっくりと眺めた。三色団子。着色料は何だろうなどとしょうもないことを考えてしまう。その団子を頬張る。甘みのある味。ふと、膝に舞い落ちてきた一つの桜の花弁に顔をあげた。
目の前に大きな桜の樹が佇んでいる。歩いてきたときには気づかなかった。いや、違う。自分が目に入れていなかった、入れようとしていなかったのだ。
楓は少し目を見開いて、団子を食べながら樹に近いた。
「楓ちゃーん、お行儀悪いよー!」
「いいんです。」
銀時の声に素っ気ない返事を返す。
ゴツゴツとした樹の幹に触れた。温もりがあるような気がした。何十年も前からこうやってここに佇んでいる。戦争も見てきたに違いない。
ふと見上げると、腕をいくつも広げたような姿をしていた。ピンク色の屋根。そこからヒラヒラと舞い落ちる花弁。一瞬、時間や空間を共有しているような感覚になった。変な言い方だけど、まさにそんな感じだった。
楓は落ちるピンク色の花弁に掬うように両手を広げた。春が来たのだ。
「いい場所だろ?」
銀時の声が斜め後ろから聞こえた。振り向けば、3人が並んで立っていた。
「そうですね。」
楓の返事に銀時は微笑んだ。新八も神楽もニコニコしていた。
一人笑えない自分が何だか惨めで。笑顔を作ろうと思うことはあっても、顔の筋肉は反応しない。
ため息まじりに俯き、諦めて目を閉じた。
「こうやって笑うネ。」
楓が顔をあげると、神楽は両手で楓の頬を引っ張った。顔がグニャリと歪んだのが分かった。
「痛いよ。」
「笑えたアルか?」
「分かんない。」
神楽の馬鹿力に戸惑いを見せつつも、こんなのもたまには悪くないと思った。

「おい、テメーら。ここで何してんだ。」
万事屋一行は聞き覚えのある声に振り返る。
そこには真選組の近藤、土方、沖田がいた。今日も仕事なのか隊服姿だった。
「テメーらこそ何してんだ。」
銀時が土方に嫌そうな顔で答えを返す。
「俺らは花見に来たんだ!」
「俺らは花見をしてたんだ!」
睨み合う二人の傍らで、今度は沖田と神楽が言い争う。
「テメーらの場所はないネ!」
「意地でもどかしてやる!」
そんなやり取りを楓たちは呆れて見ていた。
「仲良いですね。」
そう言った楓は、僅かながら微笑んでいるように新八と近藤の目に写った。
「ほーら、ケンカは止めてくださいよ!」
新八はケンカを止めに二人から離れた。近藤は楓の肩に手を乗せる。それに楓は近藤の方を向いた。
「楽しいだろ?」
「ええ、そうですね。」
楓はまた、正面に向き直ると、ケンカを眺めながら口角を緩ませた。
「この時間が続けばいいのになって思いますよ。」
「俺もそう思うな。」

二人が話していると、ケンカを終えた銀時がズカズカと近づいてきた。
「なぁに、楓と話してくれちゃってんの。」
「いいだろ!俺だって、楓ちゃんとなかなか話せないんだから!!」
責める銀時と泣きの近藤。それをまた新八が止めに入る。沖田と神楽は背中合わせで仲良く団子の早食い競争をしていた。

「アホみたい。」
楓は一人座って、それぞれのいざこざを眺めながらいつも通りの無表情で言った。
「ホントにそう思ってんのか?」
土方が煙草を吹かしながら楓の隣に座った。
「楽しそうで何よりだよ。」
「そうか。」
団子を一つ神楽の皿から取ると美味しそうに頬張った。



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以前、三周年記念でチシャノキ様から頂いた夢主画を元に書き起こしました!
ありがとうございました!
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