nitty-gritty

□花笑
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楓が総督室にいる間、新井は銀時達に話を切り出していた。
「楓にはああ言いましたがね、坂田さん達には話しとこうと思いまして。」
「何か隠してんのか。」
「はい。」
新井は素っ気なく答えると、ソファーから立ち上がった。向かいに座っていた銀時はその姿を目で追った。新井はコーヒーメーカーに水と粉をセットした。小さな棚からマグカップを4つ取り出して、軽くすすいだのち、水気を拭き取った。トレーの上にマグカップを4つ並べると、再びソファーに戻ってきた。銀時も視線を戻した。
「神楽さん。瀬虎族について、どのくらい知ってますか?」
「私はよく知らないネ。水に弱いとか、夜兎と同じくらい強いとか、傷が早く治るとか…そのくらいアル。」
「そうですよね。あまり知られてませんから。」
新井はソファーにゆったりと座って、言った。
「瀬虎は水に弱い。夜兎が陽の光を嫌うように。実は瀬虎は夜兎よりも戦闘能力が高いし、傷の治りも早いです。異常なまでに。瀕死の瀬虎が1日で復活したなんて話はよくあります。」
「それなら瀬虎の人が、もうちょっと多くいそうですよね?」
「そこなんです。」
新井は新八の問いに頷いた。

「何故、少ないか。そんな好条件が揃っているのに、現在、世界中に瀬虎は5人にも満たないんです。それはですね、困ったことに夜兎よりも極端に体が弱いんです。夜兎も、陽の光という弱点はあるものの、夕日に当たるくらいなら大丈夫でしょ。でも、瀬虎は絶対に水に濡れちゃいけない。濡れた瞬間に死んだ者もいるくらい、脆いんです。」
「おいおい…それじゃ…。」
「圧倒的な戦闘能力、故に戦場に赴いた瀬虎は殆ど死んでいます。もし、そこで生き残ったとしても、1年以内に死にます。それは雨を凌ぐ方法がなかったから、それと傷を治しすぎた。この2つの要因だと考えてます。」
コーヒーメーカーが湯気を出した。
「それで何で…。」
「雨に濡れ、また、その異常なまでの回復力に頼りすぎてしまうと、そのダメージが蓄積されるんです。戦場なんて、一番最悪な所でしょ。そしてダメージが蓄積されてくると、体に異常が起きてくる。それが今回の楓のことに繋がるんです。」

「そんな…じゃあ、楓はどうなってしまうアルか?」
新井は何も答えず無言のまま立ち上がると、コーヒーメーカーのもとに向かった。マグカップに等分にコーヒーを注いだ。そのまま、スプーンと、砂糖とミルクをいくつか乗せ、トレーごと運んできた。トレーを目の前のテーブルに置くと、新井は座った。
「どうなるか。…そうですね。今は、右手の麻痺と少しの物忘れで済んでますけど、そのうちに全てのことを忘れてしまうでしょう。勿論、僕らのことも。」
「そんな…楓ちゃんが…。」
銀時は何も言わずにトレーのマグカップを1つ取った。
「全て忘れて、自分で動けなくなったら最後、死んでしまうでしょうね。あと多くて10年…。」
新井の言葉に部屋の全員が黙った。にわかには信じられなかった。

「楓が、あと10年生きられるか…。新井、もしだ。諜報員の仕事をやめれば楓はどうなる?」
新井はマグカップを手に取ると、一口飲んだ。
「坂田さん。あまり期待しないでください。今の仕事をやめたところで楓の命が長くなるわけじゃありません。むしろ、どんな選択をしたところで、あの子の症状は止まることなく進んでくだけです。ここまで来てしまったのだから。全て、戦争の頃から歯車は狂ってしまったんですよ。」
新井はそう言って、俯いて黙り込んでしまった。

「楓…もう分かってんじゃねぇの。自分が死ぬんじゃないかってこと。俺だって楓とは戦時中からの付き合いだけどさ、あいつの中で、その頃から死に対しての覚悟はあったと思う。だけど、戦後に俺らと接するようになってから色々と変わっちまったかも知れねえけど…あいつは生きようとしてるんだろ?だから、またこうして諜報員として生きる道を選んだんだ。そうだろ?」
「あの子は…何もかも分かってた。戦時中からずっと誰かに殺されるかもしれないと。覚悟は決めてた。…でも、まさか、瀬虎の運命に殺されてしまうなんて、あの子でも分からなかったはずです。」
新井は珍しく取り乱したようだった。悲しそうな顔で歯を食い縛り、俯くと、立ち上がって小部屋に引っ込んでしまった。

「戻りましたよ。」
その時、楓が研究室の扉を開けた。いつもの無表情で銀時たちの方を見る。
「っ!楓…!!」
神楽が目に涙を浮かべて、ソファーから飛び出す。勢いよく楓に抱きついた。
「どうしたの。ちょっといなかっただけじゃない。ってか苦しいよ。」
楓は少し困ったように、軽く神楽の背を叩く。
「会いたかったアル…!!」
神楽はお構い無く、強く楓を抱きしめた。銀時は微笑んだ。そんな二人を眺めながら温くなったコーヒーを飲んだ。まだ楓は死んでいない。死ぬにはまだ早すぎる。10年もあるのだ。そして…笑えてないじゃないか。楓が本当の幸せを手にするまで、一緒にいてやりたいと思った。そして、銀時は幼き日の楓と戦時中に出会った頃を思い出していた。そんな銀時の横顔を見て、新八も少し苦いコーヒーを飲んだ。
まだ、時間はある。もし裏切られるようなことがあっても楓のそばにいようと決めた。それが、たとえ悲しい結末を迎えるとしても。


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