nitty-gritty

□悔悟
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あの時の私は何故か、むしゃくしゃしていた。
ただ、坂田さんが私にかける優しさというものも、理解しているつもりだった。
それを分かっていたのにも関わらず、彼に酷いことを言って、振り切ってしまった。
かなり、傷ついたはずだ。後で考えれば、振り向いて見たわけでもないのに、彼の悲しそうな顔が頭から離れなかった。

そんなんじゃ、スッキリしない。だから、私はもう一度万事屋に出向いた。ごめんなさい、と一言謝るつもりだった。何だかんだ、いつも彼に護られてばかりなのに、恩を仇で返したような、そんな気分だった。
だが、室内にいた神楽は「銀ちゃん?そういえば、まだ帰ってないネ。」と答えた。
その瞬間、嫌な予感がした。



人は精神的に弱い状態になると、何でも取り付かれやすくなる。

私は万事屋を出て、細い路地に入った。
彼の経歴を知れば、狙うやつもいるだろう。
私は夜更けまで探し続けた。
いつものあの人なら、心配ないと思って、ここまでしないだろう。

また、路地に入った。
「見ーつけた。」
やけに低い声で、背後を振り向くまもなく棒で殴られた。
「いたっ…。」
後頭部を押さえ、壁に手を着く。生温い液体と鉄の匂いが充満した。
「坂田さん…。」
予想は的中してしまった。振り返れば、いつもとは違い、それ以上に真っ赤に染まった眼がこちらを睨んでいる。
その眼を見ると、酷い頭痛がした。
いつか見た、眼だと思った。だが、いつだったかは思い出せない。
きっと、佐々木に封じられた記憶の中だろうと思った。

頭痛に耐えながら、近くに落ちていた棒切れを拾い上げ、構えた。この状態では長くは戦えない。
坂田さんは、誰かに洗脳されてしまったのではないかと思った。だから、なるべく戦わず、尚且つ彼を正気に戻さなくてはならない。

飛び出した。相変わらずの型のない喧嘩殺法ではあったが、いつも以上に強かった。それ故に、何度もコンクリートの壁に叩きつけられた。
後頭部は、いまだにドクドクと脈打ち、血を流していた。意識が朦朧として、立ち上がるのも難しくなっていた。そのまま、壁に寄りかかってズルズルと崩れた。壁に赤い、書道家が書き殴ったような線を残した。
ぐったりとした私が顔を上げると、坂田さんは木刀を振り上げていた。
「死ねよ、スパイ。松陽先生を殺したのはお前だろ…!!」
もう無理だ。そう思って目を閉じていたが、聞き捨てならない言葉に再び目を開けた。
「誰が、いつ、殺した。」
「お前が…戦争前に幕府の奴等を塾に向けたから…!!先生は…!!」
そうか、記憶を書き変えられたのか。
「それは間違いだな。」
「っ…!!」
信じられない、誰がお前のいうことなど信じるものか、と言わんばかりに一度下ろしかけた木刀を再び振り上げる。
「先生は…まだ、生きてる。」
降り下ろされた木刀は勢いを無くし、私の頭上で力なくトン、と音を立てただけだった。
彼の顔を見れば、驚愕の表情だった。
今だ。私は左手で木刀を振り払った。遠くでカラン、と音を立てて落ちた。そして片膝で立ち上がる勢いで、彼の鳩尾に拳を叩き込んだ。
それでも懲りず、彼はよろけながらも私の持っていた棒切れで私の後頭部をさっきよりもっと強く殴った。
死ぬかと思った。だから、一瞬我をなくして、自分でも思いもよらない反撃をしてしまった。

坂田さんはそのまま、反対側の壁に減り込んだ。頭を強く打ったようで、押さえている。
「いってぇ…なにしやがんだ…。」
「坂田さん…。」
やっと戻ったかと思った。だが、まだ夢から覚めたばかりのような顔をしていた。
私は頭を押さえたまま、地面でうずくまっていた。
ガラリ、と彼は這い出てくると、私に寄った。
「楓…俺…。」
「銀さん、夢ですよ。」
ますます、頭が痛くなった。だが、彼の気持ちを紛らわすにはこう言うしかなかった。いまさら悔やまれたって、どうにもならないのだ。
「すいません、私のせいです。」
そう言った瞬間、彼に抱きしめられていた。
「俺、ホント…嫌われたかと思った…。」
「…。」
彼の腕の中は温もりがあった。

ああ、そうだ。
私、前にもこうやって抱きしめられたっけ。
でも、それは…。

私は坂田さんの背中におぶられた。
朦朧とした意識の中で、生まれて初めて闇夜が心地いいと感じた―。


■■■

洗脳、または松陽先生というテーマは、銀さん=白夜叉の小説を見ていると、よく見かけるな、と思います。
そんなテーマって、このサイトでは意外とないなぁなんて思いながら書きました。
体調万全な楓なら、銀さんに勝る力を持ちますが、今回みたいな状況だと、極端に動きが鈍くなります。
本気、という手はあるんですが、あえて出さないと言うのが彼女の考えであり、佐々木の教えでもあったりします。

お読みいただき、ありがとうございました…!!


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