nitty-gritty

□苦悩
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万事屋の玄関の前でインターホンを押す。暫くしてガラリと戸の隙間から顔を見せた銀時は今日の楓と同じくらい、憂鬱な表情だった。
「よう、よく来たな。右腕…大丈夫か?」
「私は大丈夫ですけど…坂田さんこそ大丈夫ですか。」
銀時は少しだけ困ったように笑った。
「お前を呼び出したのも、ただ話をしたかっただけなんだけどな…ちょっと問題が起きちまって…。まあ…相談してもいいか?」
歯切れが悪すぎる。よっぽど困ったことがあったのだろうと楓は悟った。
「中、いいですか。」
「入ってくれ。」
楓は玄関でブーツを脱ぐと、廊下を歩く銀時を追いかけるように歩いた。
通されたのは居間で、真ん中のソファーで足を抱えた神楽と、新八が並んで座っていた。二人とも俯いていた。
「どうしたんです、この状況。」
楓が呆れたように言うと、神楽が顔を上げた。
「楓…。」
神楽のその顔は今にも泣きだしそうだった。



二人の向かいに楓は座った。自分だって、銀時に話したいことがあったのにも関わらず、こうやって相談に乗ろうとしている…当初の目的をすっかり忘れていた。
「何があったの。」
「実は…。」
神楽は、また俯いて黙りこんだ。楓の隣にいる銀時が痺れを切らしたようで、代弁した。
「実はな、今朝春雨の神威から手紙が来たんだ。神楽宛にな。そいつには、お前…つまり神楽が今後の地球での活動に邪魔になりそうだから、殺しておきたいとのことらしい。で、今日の夜2時に一人で来いって言うんだと。」
「…神楽がどう思うかは分かりませんが…。」
楓は視線を銀時から神楽に移した。
「もし、行くと言うならばあなた方は止めるでしょう。もしくは一緒に行くと。その時は、どうなるんです?」
「神楽だけ殺すところを、神楽を知る者全て殺すってさ。」
「…。」
一度だけ顔を合わせた神威の、あの笑顔が脳裏に一瞬浮かんでは消えた。獲物を見つけた獣のようなあの眼を忘れてはいない。何故、神威は神楽を殺そうとするのだろうか。楓にとって、まずそこが疑問であった。一説として、地球で活動するにあたって自分と血の繋がる者…つまり、家族を消そうとしているのか。ならば、神楽にだけでなく、海坊主にも手紙が届いているはずだ。
「ちょっと、電話いいですか。」
「ああ。」
立ち上がって、デスクの上の黒電話に向かった楓に3人の視線が集まる。沈黙の空間に黒電話のダイヤルを回す音が、やけに虚しく聞こえた。
「もしもし。ご無沙汰してます、海坊主さん。秋本です。」
『久しぶりだな。』
振り向けば、3人とも陰鬱な顔をしていたにも関わらず、海坊主の名を口にした瞬間、目を丸くさせてこちらを見ている。
楓はすかさず、この機種には珍しいスピーカーボタンを押した。これで二人の会話は周りにも聞こえるはずだ。
「急にすいません。相談事があって。」
『神威の手紙だろ?』
「やはり、届いてましたか。…約束は、来週くらいですか。」
『ビンゴ。来週だ。』
「実は…神楽、今日なんですよ。」
『…。』
海坊主なら、その理由なぞ察しているはずだ。実の父親なのだから。だが、楓はその事をあえて聞こうとはしなかった。これだけは…答えを直接聞いてはいけない気がしていた。むしろ、自分で見つけ出したかった。
「…すいません。お忙しいところお邪魔して。」
『また何かあったら連絡してくれ。』
「ありがとうございました。」
それで電話は切れた。これはあの一説の裏付けにしか過ぎない。だが、ほぼ確実だろう。楓はこの自分の推理を3人に話した。



「恐らく…神楽と海坊主、どちらが強いのかを判断しての結論でしょう。自分は二人に勝てる…そんな絶対的確信を持って、二人を天秤にかけたんです。どちらが強くて、楽しい死闘ができるか、と。神威は…弱いやつは嫌いだと言ってたでしょう。」
神楽は小さく頷いた。
「楓は…私のこと、止めるアルか。」
「…。」
少しだけ黙った。窓の外の曇り空を眺めながら考えを整理した。
「私は…何も言えない。行け、とも行くな、とも。…だけど、行くつもりなんでしょ。」
「うん…。」
その言葉を聞いて、今度は銀時が顔をしかめて俯いた。
「神楽、お前…。」
「私…私、皆に死んでほしくないアル。私だけで済む話なら、私だけでいいヨ。銀ちゃん、いつも私のこと、護ってくれたよネ?」
「だけどさ…。」
「私だって、皆のこと護りたい…。あのバカ兄貴の犠牲は私だけでいいアル…。」
「…。」
もう、銀時は何も言わなかった。いざ、という時の場合も考えながら、だがそれでも彼なりに神楽の思いを掬ってやろうとしていた。
「分かった。…だけど、死ぬってことは考えるなよ。」
そう言い残して、銀時は自室に戻ってしまった。
そこの空間にいるのが辛かった。新八も俯いて、泣きそうな顔をしていた。分かっていたのだ。銀時も新八も、神楽がそう簡単に負けるわけがないと。だが、相手はあの神威である。失望感の方が大きくなる自分に無性に腹が立っていた。



深夜1時。居間の襖が静かに開いた。中からスルリと出てきた神楽は下の段にいる定春をそっと抱きしめた。死にたくない…。だけど、未来は分からない。これが最後になってしまうかもしれない…。神楽は何も言わなかったが、言葉は分からずとも定春は何となくそんな気持ちが分かっていた。実際にその思いは間違っていないのだ。
神楽の手が緩む。定春はその手にそっと愛おしそうに頬を寄せた。



「銀ちゃん、新八…行ってくるアル。」
和室に向かってそう呟いた。だが、誰の返事もなかった。ただ、閉ざされた襖の向こうに、すぐ近くに二つの気配を感じていた。
「定春、行くアルよ。」
眠ったフリをしていた定春が押し入れから顔を出す。警戒しているようだった。耳をピンと立てて、こちらに歩み寄ってくると差し出した手をクンクンと嗅いだ。すると、少しだけ目を見開いた。これで事情は分かってくれたはずだ。
「神楽は絶対に殺させません。」
誰に聞かせるでもなく、自分の心に刻むように呟いた。



神威…何処アルか。
春雨の船内。封筒に手紙と一緒に入っていた鍵と地図を便りに、港に泊まっていた船を見つけ出し、潜入した。
「ここだよ、嬢ちゃん。」
ダンスホールのような空間がパッと明るくなる。中央には神威ではなく…阿伏兎の姿があった。
「…。」
予想外の敵に開いた口が塞がらない。
「おいおい…そんなマヌケな面すんなよ。団長じゃないのが残念だって?おじさん…傷ついちまうなぁ。」
阿伏兎はニヤリと笑って、右手に持った番傘を肩に乗せた。
「神威は何処アルか!!」
「落ち着けって…。そんな急ぐこたぁねぇ。ま、俺が出てきた段階で分かるだろうが…俺を倒さねぇと団長のトコには行けねぇってことよ。」
「…っ。」
どうにもこうにも、まずは阿伏兎を倒さなくてはならない。阿伏兎が倒せないなら…神威も倒せない、か。神楽はそう考えながら番傘を握る手に力を込めた。


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