nitty-gritty

□仇夢
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夜の3時。あの後、銀時と神楽を万事屋の前に待たせ、何処からかグレーのホンダ・CR-Zを操って来たのは他ならぬ楓だった。未成年だが、運転席にいるのはどう見ても彼女だ。驚きすぎた銀時は窓から運転席を覗き込む。
「おっ…お前…いくつだっけ?」
「16ですよ。本当はアストンマーティンに乗りたかったんですけどね。江戸には不釣り合いでしょう。」
「いや…この車も結構浮いてるけど…。」
「何でもいいので、取り敢えず乗ってください。時間がないです。」
進行方向に神楽が右、銀時が左の後部座席に乗る。楓の後ろは神楽である。二人が乗り込んでシートベルトを締めて走り出すまで、誰も話さなかった。

「何で、車なんて…。」
意外とゆっくりとしたスピードで寝静まった見慣れた町を走っていく。未だにこの状況が理解できず、疑問の溜まりまくったような顔で銀時は問う。
「スパイという仕事は追って追われる職業です。…どちらの時でも、公共の乗り物で移動なんてしたら、民間人を巻き込みかねないでしょう。私は、ちゃんと特殊な免許を持ってるんで大丈夫ですよ。」
「それもそうアルな。」
神楽が納得したような口調で言う。…いや、それもそうだけどさ…。銀時はいまいち腑に落ちなかった。
「…何となく、また危ないことしそうだからついてきたけど…。何しに行くんだ?」
「…真選組。」
シーッと微かなブレーキ音を立てて、車が止まる。いつの間にか車は、その見知った奴らの屯所の前に来ていた。楓はヘッドライトを消した。車内は静まり、闇に包まれた。が、楓がゆっくりと話し始める。
「この間、深夜に知恵空党の厭魅眠蔵を殺したのも彼らに私の存在を気づかせることでした。…実際に厭魅はもっと違う組織に関わっていたのでどちらにしても消さなくてはいけなかったんですけどね。」
再びカチリとヘッドライトがついた。ふと、屯所の方を見ると開け放たれた門の先、暗闇の向こうに何台かのパトカーの影が見えた。
「二人とも、酔いには強いですか。」
「え?」
「まあ、その事承知でついてきたんでしょうから大丈夫ですね。」
「え…ちょっと…。」
銀時の答えを待たず、車は二人を試すようにゆっくりと走り出した。



「ふっ…副長!!外にグレーのCR-Zが…。」
土方の部屋の正面の縁側から外を双眼鏡で覗いていた真選組監察・山崎退が叫ぶ。
「来たか…。隊士らに出発すると伝えてこい!!」
「はい!!」
ばたばたと廊下を駆けていった山崎を見送って、土方は障子に寄りかかって煙草を吹かしてから溜め息をついた。
まさか、佐々木が見廻組の裏に諜報工作員を養成する組織を作っていたなど知る由もなかった。今だって、鉄之助の情報がなければ…まだ捜査している途中かもしれないのだ。外で隊士らの足音が聞こえる。いよいよだなと思った。あの佐々木が言うほど強いやつなのか。この間は思わぬ邪魔が入ったが、今回こそ正体を暴かせてもらおうじゃねえか。

「なあ、テツ。お前はどうする?」
土方は顔を部屋の隅で書類を片付けている鉄之助に向けた。
「自分は…足手まといにはなりたくないです。でも…。」
「あの佐々木がいつからか知らんが養成したんだから、ろくな奴じゃねえはずだ。だが、行かないんじゃあ隊士として失格だな。聞いた俺が悪かった。…行くぞ、テツ。」
「はい!!」
鉄之助は刀を取って廊下を歩き出した土方の後を 急いで追った。

中庭には隊士らが総動員していた。だが、門の向こうにCR-Zはいなかった。まだ、近くにいるだろうと確信しながら大声で局中法度を唱える。隊士らの点呼が終わり、着信音を鳴らしたのは近藤のケータイだった。
「え…近藤さん?」
「いやいやいやいや!!俺!交換した覚えないから!!初メールだから!!」
ケータイを開いて狼狽える近藤を土方が呆れた視線を送る。多分さっき見廻組の屯所に行って、佐々木の正面に立ったときにやられたのだろう。
「まったく…。で、用件は?」
「え…えーっと…『楓たんから、屯所からターミナルに行く大通りで待ってるって連絡があったお(^o^)頑張ってネ( ^∀^)皆さんにもよろしく(^ー゜)ノ』…らしい…。」
「……。」
土方は何も言葉を発しなかった。発せなかったのだ。また、隣にいた沖田も同様だった。メールの差出人のテンションの変わりようはどうしようもないことだと納得することにした。

全員が揃いも揃って出動するのも久々だった。ただ、それほどに強い相手だということだ。隊士らが全員乗ったパトカーが列をなして真夜中の道を走っていく。先頭の車両に乗っているのは、近藤、土方、沖田。そして、鉄之助である。運転をしている土方はただ、ヘッドライトに照らされた道を見つめながらハンドルを切っていた。誰も何も話さなかった。
「近藤さん…さっき、佐々木からのメールで『楓』って出てきやせんでしたか?」
「恐らく…そのスパイの名前なんじゃないか?」
近藤は腕を組んで答えた。
「そうだろうな。……!!」
運転していた土方は息を呑んだ。大通りに繋がる道の先にグレーのCR-Zが止まっている。後の3人もそれに気づいたようで、近藤は無線を手に取ると状況を各車両に伝えた。ハザードをつけて止まっていたCR-Zはそれを消して、パトカーを誘き寄せるように走り出した。CR-Zの後を追って暫くすると、大通りに出た。車は1台も走っていない。「合流注意」の黄色い看板を越える。その瞬間、CR-Zはもの凄いスピードで加速した。
「なにっ!?」
予想外の行動に土方も普段踏み込まないアクセルを限界まで踏み込む。ブォォォとうなり声をたてて走っていく。隣の近藤は早口で各車両に指示を出している。あとの二人はただ黙っていた。サイドミラーを覗くと、後の車両も運転手が凄い形相になりながらも車を飛ばしていた。


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