nitty-gritty

□端緒
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真夜中。古ぼけたビルが面する大通りに一台の車が停まる。運転席のドアから一人の男が姿を現した。「チェケラ」と書かれた褌にグラサン、ちょんまげっぽく結った髪に金属製のネックレス…まあ、とにかく派手で不良っぽい男である。そいつはきょろきょろと辺りを警戒してから、その古ぼけたビルに向かった。

エレベーターに乗り込み、6階まで上がっていく。そこに男の借りている部屋はあった。男はエレベーターを降りると、染みだらけの小汚ない薄茶色のカーペットの敷かれた廊下を、音をたてて足を引きずるように歩いていく。そして、あるドアの前で着物の懐から鍵を取り出すと鍵穴に差し込んで捻り、ドアを開けた。
通りに面していたため、大きな窓から街灯や月の光が射し込んでいる。だから、部屋の灯りをつけなくとも特に支障はなかった。ドアの鍵を閉めて自分のデスクに向かう途中、手前の姿見で自分のファッションを念入りにチェックする。
「…ん?」
鏡の向こう、自分の後ろに黒い影が見えた。
「…!お前!!」
男が途端に驚きの声をあげ、振り返れば黒装束に身を包んだ少女が無表情で書類を積み重ねたもう1つのデスクの革製椅子に肘を両側に掛けて座っていた。

「素晴らしい客だな。…冥土からの迎えか?…幕府からの…E−部隊の人間なんだろ、お前。かと言っても、あの男が俺に寄越してくるんだ。どうせ下の方か。」
男はそう言って、ニヤニヤと笑みを浮かべながら自分の椅子に腰掛けた。それと同時に机の引き出しを1つ開ける。そこには拳銃が一丁入っていた。

「俺の子分を殺したのも、てめえだな。」
「そうだ。」
低く短く少女は答える。その脳内では、奴の子分どもを殺したときを思い返していた。
男子トイレで殺った。個室の中で、壁を突き破りながら追い詰め、洗面所で溺死させようとしたが、それでも生きていたから拳銃で1発撃ち込んでやった。そうすれば、さすがに動かなくなった。

男は引き出しから取り出した拳銃の銃口を少女に向けた。相変わらずニヤニヤと笑ったままだ。少女の殺気でも読み取ったのか。
「すまねぇな、よく知り合えなくて。さよならだ、餓鬼めが。」
カチャッという音と共に男は引き金を引いた。カチャッ、カチャッ…。いくら引いても男の拳銃から弾が放たれることはなかった。

「弾は既に抜いておいた。私のことを少しは見直したか?」
少女は左手にマガジン(連発銃の弾倉)を提示したが、それでも男は嘲って言った。
「辛いか?」
その言葉に、カチャリと少女は右手に携えていたサイレンサー付きの拳銃を男に向けた。僅かに瞳に怒りの色が浮かぶ。
「辛いな。お前みたいな餓鬼がそんなことするのは。だが、安心しな。そんなもん…。」
「…最後に教えといてやるよ。私はE−部隊と言っても下の方じゃねぇ。むしろ1番上だ。」
「なっ…なんだと…!」
次第に男の顔は青ざめていき、呟いた。
「E…E−85…!!」
そして、タムッという微かな音と共に男の額に穴が開いた。そして、男は椅子ごとにバタンッと後ろに倒れこむ。

「そう。お前の言おうとした通り1度目よりは2度目の方が楽だってことは間違いないな。」
真っ赤な血より紅い邪眼は男のいた残像を見据えていた。そして、何も言わずにまだ煙の立っている銃口を下ろすと椅子から立ち上がり、音もなく部屋を後にした。



「副長…。」
翌日、真選組屯所内にて。監察・山崎退は張り込みの結果を報告に副長・土方十四郎の部屋に赴いていた。
「どうした、ザキ。」
「張り込んでいた知恵空党の厭魅眠蔵なんですが、何者かに暗殺されまして…。」
「盗聴器仕掛けてたんだろ?」
土方はマヨライターでくわえた煙草に火をつけた。
「それが…その何者かっていうのは黒装束を着ていたんですが。部屋に入るなり、仕掛けた10個全て回収して握り潰しました。」
「……。その時お前はどこにいた?」
「その部屋の上の部屋で待機していました。空き部屋だったので。床に穴を開け、レンズを取りつけて観察してました。」
土方は煙草を口から離し、フゥと煙を吐き出した。長く、細く吐き出された煙はユラユラと渦を巻いて、窓の外に逃げていった。
「容姿は?」
「黒髪のロングヘアーくらいしか分かりませんでした。何しろ、暗かったので…。」
「…厭魅眠蔵と何か話してたか?」
「あまり、聞き取れませんでした…。」
「…。」
土方は灰皿で煙草を揉み消すと、ため息をついた。今回の収穫は少なかったが、山崎だって優秀なやつだと思っている。だが、世の中には監察、いや諜報工作を生業としている者、つまりプロのスパイがいるということを忘れてはなるまい。そこらで得た俄知識ではなく、本当の訓練を受けた者も少なからず存在するのだ。だから、今回の奴はそうゆう人間じゃないかと思った。特別な訓練を受けた人間だ。技量が違いすぎる。

「そいつはどうやって厭魅眠蔵を殺した?」
「拳銃です。銃声がなかったのでサイレンサー付きかと。厭魅眠蔵も確かに拳銃を奴に向けました。彼のほうが先でした。しかし、弾が抜かれていたようで…。」
「そうか。ご苦労だったな。近藤さんには俺が伝えとく。今夜には現場の調査に行けるだろう。」
「分かりました。」
失礼します、と山崎は部屋を出ていった。黒髪のロングヘアーに拳銃。一見難しそうに思えたが、奴は今夜の調査で尻尾を見せる。そう思った。


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