nitty-gritty

□責誚
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車を走らせて30分ほどすると、魔死呂威組の土地を示すように道沿いに長く塀が続いた。
三人が感嘆の声をあげる中、楓は「魔死呂威組」と大きく書かれた門から車を乗り入れる。

砂利の敷き詰められたスペースに後ろ向きで車を止めた。車から降りると、遠くに倉があり、その前に男が二人いた。
歩み寄れば、白髭の図体の大きい男が四人に気づき、顔を向ける。
「あんたらが万事屋か。今回はよく来てくれた。わしが依頼人の魔死呂威組組長・魔死呂威下愚蔵じゃ。こっちは中村京次郎。」
下愚蔵は隣にいた顔の左に傷のある男を紹介した。
「よろしくな。」
「どうも。」
銀時が先頭に立ち、会釈を返す。

「で、息子さんは…。」
銀時は話を切り出した。大方予想はついていたし、予想通り、答えを示すように下愚蔵と中村の視線が目の前の倉に向く。
「この中じゃ。」
ずっしりと存在感のある倉だった。この地に魔死呂威組が根を下ろしてからずっとあるのだ。
出入り口であろう木製の扉は、取手を鎖で固められた上に南京錠がついているという、何とも厳重なものだった。
「この中に…息子さんがいるんですか?」
「ああ…。ずっと籠りきりでな…。」
新八の問いに弱ったように下愚蔵が答える。何か、息子である鬱蔵を追い詰めるようなことをしたのだろうか。
銀時は南京錠を手にカチャカチャと弄るが外れるはずもない。
「あ。楓。…お前、鍵開け出来るだろ?」
銀時は楓を振り向く。楓は渋々頷いた。殺気の隠った視線を感じていた。倉が開いてほしくないと思っているらしい。
「私にだって開かない鍵くらいありますよ。」
そんなのは嘘だが、ただ今は奴の様子見としよう。
南京錠を銀時に渡され、ポーチから出した針金でカチャカチャと探る。鍵が開いた手応えがした。よし。これなら次は迷うことなく一瞬で開けられる。コツさえ分かれば後は早い。
だが、今は開いてないことにしよう。またカチャカチャとやって鍵をかける。
「…開きませんね。」
「駄目アルか…。」
一同が落胆する中、一人だけ安堵している奴がいた。
「まあ、予想しとったことじゃ…。別の方法を考えよう。屋敷へ上がってくれんか。」
屋敷の方へ歩き出した下愚蔵を追って、銀時たちは歩いていった。
「中村さん。」
楓は自分と蔵の前に残った男に声をかける。
「何じゃ。」
「…あなた、何か隠し事してませんか。」
「…。」
中村は何も答えなかった。ただ、沈黙の後、代わりにこう言った。
「お前。賭け事は好きか?」



下愚蔵の書斎で鬱蔵を倉から出す話し合いがなされたが、結局、納得できる方法は出なかった。
楓は話し合いの中、横目で隣に座っている中村の顔を見ていたが、鬱蔵が外に出ること、つまりは倉が開くことを良しとしていないのは確かだった。

それから日は暮れて、楓は中村に呼ばれていたため、指定場所に足を運んだ。賭け事は好きか。そう問われたものの、あまり好きじゃないと答えたが、実はかなり好きな方だ。
「おう!待っとったんじゃ。」
襖を開けて中に入れば、そこは立派な賭博場だった。中央に四角いテーブルがあって、中村の他に魔死呂威組の組員らが顔を揃えていた。中村の向かい側の席だけが空いている。自分の向かい側の中村がニヤリと笑う。
「お前を呼んだのも賭けをするためじゃ。お前がこの勝負で負けたら、今回のことからは手を引け。」
「…鬱蔵をどうしたんだ。」
「…。」
「殺したのか。」
中村は笑みを浮かべたまま、目を閉じて首を振った。
「お前が勝ったら答えてやるわ。まずは勝つんじゃな。」
「…分かった。」
誘われていたのか、銀時たちも部屋に入ってきた。楓は怪訝そうな顔で銀時を目で追った。銀時たちは見物している組員たちの中に紛れて腰を下ろした。楓は中村に視線を戻した。
「何の勝負だ。」
「そう構えるな。簡単じゃ。」
楓の左隣にさらしを巻いた着流し姿の女が座る。
「丁半賭けなすって!」
よく通る声で言うと、サイコロを二つテーブルの上に落とすと、その上からお椀を被せ、お椀を揺すりながらサイコロを見えないように転がした。
「丁か半か!」
女が自分の左側の男から声をかける。男たちは順に丁か半かを宣言していく。
「丁じゃ。ピンゾロの丁。」
中村がニヤリと笑って答える。こうゆう運や勘任せの賭けはあまり得意じゃない。だが、それは相手だって同じだ。楓は中村の目をじっと見つめて言った。
「半。」
お椀が外される。一・一の丁だった。中村はピンゾロということまで当てていた。
「どうじゃ。」
「…難しいな。」
「これは鍵開けじゃのうて。お前にとっちゃ難しいじゃろ。」

その後、丁半の賭けは続いた。4回目を賭ける頃には楓もコツをつかみ始めていた。
「丁か半か。」
また順番に男たちが宣言する。
「丁じゃ。」
中村が答える。楓は中村の顔を見て言った。
「半。五・六の半。」
お椀が外される。楓の予想通り五・六の半だった。

それからさらに賭けは続き、15回を越える頃になると、中村と楓以外の男たちは疲れの色を見せていた。
「おい。茶、淹れてやってくれんか。」
「へい!」
中村が見物していた組員の男に声をかける。
暫くして、その男が盆に人数分の湯飲みをのせてくる。
テーブルの一人一人に配り、最後に楓の側に置いた。
「どうも。」

それから5回ほど賭けをして、楓は湯飲みに手を伸ばした。
ふと、中村と組員らの視線がこちらに向いているのが気になったが、楓は湯飲みの茶を飲んだ。
それから1回賭けが終わった後だった。拍動が速くなるのを感じて、冷や汗が流れた。何かがいつもと違う。顔は青ざめていただろうか。目の前の中村の顔が、視界が歪んで、吐き気に襲われた。
「うっ!」
口を押さえ、慌てて立ち上がると、部屋を飛び出した。廊下を走りながら調理場に入り、ワサビとコップを掴んで厠に駆け込む。
流しでコップに水をいれ、チューブのワサビを全部入れて、溶けきらない塊も水と一緒に飲み込んだが、すぐに吐き出した。毒を出そうと必死だった。

後は時間との勝負だ。屋敷を飛び出し、おぼつかぬ足取りで車まで走った。幸い、邪魔は入らなかったため、ふらつきながらもリモコンキーで鍵を開けると、助手席に飛び込む。
荒い呼吸をしながら緊急用の通信ボタンを押す。

「ん?」
その頃、研究室にいた新井はこの異変に気づいた。すぐに佐々木に連絡をとる。
「総督。E−85が毒を盛られたようなんですが。」
『分かりました。』
連絡を受け、佐々木は信女に掛かり付けの医師を呼ぶように頼んだ。
『楓。聞こえてるか?』
「聞こえてる。」
『従わないと2分きっかりに死ぬからな。』
「…従うよ。」
新井の声も遠くなっていた。
『引き出しに解毒剤が入ってるから、それを首の血管に射つんだ。』
スイッチを押せば引き出しからウイーンと解毒剤の注射器が出てくる。楓はそれを掴み取ると、躊躇わずに首の血管に打った。
『楓さん。』
医師が研究室に来たらしい。
『そのあと意識がなくなりますからね。電気ショックを与えてください。』
楓は震える手で電極パッドを体に貼った。
『私の合図でそのボタンを押してください。』
『秋本さん、まだですよ!』
佐々木も加わってきたが、楓にはそんなことはもうどうでもよかった。
『今です!押してください!』
エネルギーが充電され、オレンジのスイッチが光る。楓はスイッチを押した。
『楓!何やってんだ!』
『秋本さん!早く押しなさい!!』
新井や佐々木の焦った怒号が聞こえるが、押しても押しても電気ショックは起こらない。
楓も焦っていた。ボタンを何度も連打するが、それでも起こらない。

「…あ。」
楓は重大な欠陥に気づいてしまった。それもそのはず。スイッチと電極パッドを繋ぐ管が外れていた。電流を流す回路が途切れていた。
楓は管をつまみ上げたが、そのまま意識を失って後ろへバタンと倒れた。

013 fin.
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