nitty-gritty

□逆行
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「楓!」
神楽は大広間の2階の手すりから叫んだ。倒しても倒しても減らない夜兎を掻き分けて、どうにか前に進んでいく。
「神楽ちゃん!晴太くんは…!」
雑踏の中、新八の声でハッとなったそう言えば、ここにいるはずの晴太がいない。
「いったいどこに…!」
狭い渡り廊下は夜兎が溢れかえり、二人は飲み込まれていく。

下のフロアでは銀時が鳳仙と死闘を繰り広げていた。さすがは夜王と呼ばれるほどはある。力の差は歴然だったが、どうにかここまで張り合ってきた。
「ヒュー。やっぱり地球は面白いねぇ。」
それを兎の銅像の上から観戦していた神威はいかにも楽しそうに言った。
「夜王鳳仙には何人で戦おうとかなわないって言われるけど…。それと同等とは。それに比べて阿伏兎ときたら…。」
笑顔から呆れ顔へ。その視線は外の屋根で楓と共に眠っている阿伏兎に向かった。
「二人仲良くおねんねかよ。まったく…アイツすら倒せないなんてね。情けない。」
そして、その視線は渡り廊下に向いた。
「一人でそんぐらい倒せないなら、俺なんて倒せるわけないだろ、神楽?」
「うるさいアル!」
「元気なこって。」
笑顔に戻り、再び銀時と鳳仙に向いた。
「さて、そろそろ決着を着けるべきじゃないかな?鳳仙の旦那。」
「分かっている。」
鳳仙は巨大な傘を振りかぶり、肩に担いだ。
「生きてここから出られると思うな。」
「俺らは必ず生きて帰る。」
銀時は木刀を構えた。片手にあった真剣は既に戦いの中で木っ端微塵にされた。
最後の争いだ。死ぬか、生きるか。隙を作るな、反撃させるな。力で負けるなら、スピード勝負だ。



「銀ちゃん…!」
鳳仙と銀時の死闘が始まった。神楽は小さく叫ぶ。その間も休む間もなく夜兎の男らと戦い続けていた。だが、自分も新八も疲れ、隙が見え始めていることは分かっていたが、体がついていかない。
「わっ!」
新八が危うく手すりから落とされそうになる。
「新八!」
神楽は夜兎を掻き分け、新八に近づこうとした。
しかし、夜兎たちに押され、神楽は手すりの外へ落とされた。
「ぐっ…!」
「神楽ちゃん!」
神楽は何とか渡り廊下の装飾に掴まったが、長く持ちそうにない。新八は手を伸ばすも、あと少しで届かない。
「がっ…。」
夜兎の一人が新八を手すりに押しつけるように圧迫する。
「新八!」
目を見開き、新八に手を伸ばす。もう、駄目だ。そう思った。

その時、手すりから溢れそうになっていた夜兎たちが一斉に雨のように降ってきた。
「わっ!」
その振動で神楽は落ちそうになる。
「神楽ちゃん!」
新八が手を伸ばした。その背後にはもう、夜兎はいない。その手を掴んで、体を引き上げた。
渡り廊下は一掃されたように、誰もいなかった。
だが、次の団体がこちらに向かってきている。
「大丈夫かい。」
「新井さん!」
焦げ茶色の番傘を肩に担いだ新井は、小脇に晴太を抱えていた。
「この子を見つけるのに手間取ってね。」
新井は晴太を下ろすと、背中を押した。
「予想は外れたけど…まあ、大事に至らなくてよかった。」
新井の視線は神威に向いた。
「俺は、子供は殺さない主義なんでね。」
神威は笑顔で答える。
「君のお母さんは向こうだ。」
新井が木の扉を指差した。
「会いに行きな。大丈夫。俺らがついてるから。」
晴太が離れる。新井は、すぐ背後に番傘を振りかぶった。

「っ!銀ちゃん!」
その時、手すりから下のフロアを見ていた神楽が叫んだ。
壁にもたれた血まみれの銀時が鳳仙の大きな手に顔を掴まれている。
鳳仙が足を振り上げた。
「っ!鳳仙、やめるネ!銀ちゃぁん!」
その時、鳳仙の右目にクナイが刺さった。
「あがぁっ!!」
鳳仙が右目を押さえ、悶える。銀時はピクリとも動かなかった。鳳仙にクナイを投げたのは新井だった。ジャケットの内ポケットに隠していたものだ。

「新井。そのクナイをくれてやる相手が違うなんし。」
月詠ら百華がフロア全体に巡らされた渡り廊下に姿を現した。
「そこで、寝ている余裕があるとは。何をやっている!太陽を取り戻すのではなかったのか!」
月詠はクナイを目に見えないくらいのスピードで銀時に投げつけた。

砂埃の中、銀時の手がそのクナイを掴んだ。
「とっくに起きてる。」
おぼつかない足で立ち上がった銀時の視線が渡り廊下の新井に向いた。打ち上げた夜兎の体が宙に飛ぶ。
「こざかしい!」
鳳仙が怒鳴る。鳳仙の目の前を覆うほどの夜兎に、その隙間から百華が次々とクナイを投げる。

それでもいくらかは目眩ましになったらしい。穴の空いたフロアに夜兎の山ができ、視界が鮮明になる頃には、鳳仙の体にクナイがいくつもの刺さっていた。
「こんなもので夜王に勝てると思うなよ…!!」
鳳仙が全身に力を入れると同時にクナイが落ちた。
百華がクナイを構えるのを銀時が制す。宙を焦げ茶色の番傘が飛び、神楽と新八が笑顔でOKサインを出す。渡り廊下には二人しかいなかった。



「新井さん。おいら…。」
「ここまで来て、開けられない、はないだろ。」
新井は晴太のすぐ後ろに立って、言った。
「笑顔で会いに行ってやれよ。成長した姿を見せてやれ。」
晴太は意を決したように頷くと、扉の留め具を外す。そして、扉をゆっくりと開いた。

そこには花魁が一人、光に背を向けて座り込んでいた。暗闇に光が差したと分かると、背を向けたまま顔をあげる。
「…その子は、大きくなりましたか。」
花魁は新井に問う。
「ええ。とても立派に。」
「…。」
花魁の迷いを新井は察していた。
「血は繋がってなくとも、あなた方は親子なんですよ、日輪さん。」
「母ちゃん!」
耐えきれなくなったのか、目に溢れんばかりの涙をためた晴太が日輪の背に抱きつく。
「会いたかった…。おいら…ずっと、母ちゃんのこと…。」
「いいのかい、晴太。あたしはほんとのあんたの母親じゃないんだよ。」
「そんなこと関係ないさ。おいらの母ちゃんはここにいる。」

新井は何も言わず、二人を背に離れた。下のフロアでは最終決戦が始まる。焦げ茶の番傘は起きたての楓の手にある。新井が軽く手をあげると、楓も答えた。
「コントロール室に行こう。場所は分かってる。」
新井は渡り廊下を渡ると、新八と神楽に声をかけた。二人は頷き、三人は大広間を後にした。



「終わらせてやる!」
鳳仙の一声で全員が攻撃を仕掛けた。
百華がクナイを一斉に投げ、銀時が木刀を振りかぶるも、すぐに弾き返される。
その隙に楓は背後を狙った。
「む!!」
楓は飛び上がり、番傘を構えた。鳳仙は拳を固めたが、砕いたのは楓が目眩ましに蹴り上げたコンクリート片だった。
無防備な鳳仙に楓の番傘は首もとを殴って体を飛ばしたが、鳳仙は楓の腹を瞬時に殴っていた。
治りきっていない傷口に血がにじむ。楓は激痛に腹を抱えた。
「病み上がりの虎はよしておけ。」
楓は鳳仙を睨んだ。壁越しに鳳仙は立ち上がる。銀時たちの間に油断の許されない緊張が走った。



「ここだ。」
遊郭の最上階。コンクリートで一際頑丈に作られたコントロール室があった。
ドアは簡単に開き、中に入った。神楽は部屋の奥にレバーを見つけ、力ずくで引こうとしたが、ビクともしない。
「新井!動かないネ!!」
「まずい。夜兎の塊が来てる。俺が対処するから、早めに開けてくれ。」
「…分かったアル!」
新井はドアを開けたまま、外の様子を伺っていた。大勢の足音が近づいてきた。新井は外に出ると、ジャケットの内ポケットから拳銃を取り出し、迎え撃った。
新八と神楽は意を決し、二人でレバーに手を添える。
「うーっ!!」
歯を食いしばって二人がかりでやっとだった。重々しく天井が開くも、空をどんよりとした雲が覆っていた。



「っ!」
鳳仙の行動にいち早く気づいたのは楓だった。鳳仙は遊郭の床板を剥がし、砕いた。その木片をクナイのように投げる。
瞬間で見切る。楓の頬を掠め、勢いをなくして落ちる。だが、一瞬目を離した隙に何千もの木片が襲いかかってきた。肩や腹に刺さる。鋏のような鋭さだ。月詠や百華も負傷していた。首や頭に刺さり、重傷になった者も出た。

「奴は俺らが倒す。だから、負傷者の手当てをしろ。」
「分かった。」
銀時の言葉に月詠たちは負傷者を連れて戦いの場から退いた。
「逃がすか!」
鳳仙は再び木片を投げるも、銀時の前に立った楓の番傘に遮られた。傘を開いたまま、楓は鳳仙に向かって駆けていく。鳳仙は拳を固め、突きだした。だが、その拳は宙を打った。楓が素早く傘を閉じたのだ。殺気を放つ視線が混じりあった。傘の先が鳳仙の肩を貫く前にもう一方の手で掴まれる。そのまま傘ごと上に持ち上げられる。その背後から銀時が飛び出す。
「ぬっ!!」
鳳仙にとってもそれは不意打ちだった。銀時の振りかざした木刀に渾身の力で殴られる。

「ぐっ!!」
巨体は壁に打ち付けられた。荒く呼吸をしながらも口角を上げて笑っていた。
「…。開いてたんだ。曇りすぎて分かんなかった…。」
床の上に転がった楓がぼんやりと外を眺めて言った。天井が開いたことに嬉しさがないのは何故だろう。
「わしを倒すために天井を開けたか。ふん。それほどまでにわしを倒そうと。」
鳳仙はゆっくり立ち上がった。何の迷いもない動きだった。
「長く、生きすぎたようだな。」
鳳仙は窓の外、屋根の上まで歩いていった。ふと雲が途切れた。冷たい夜が続いた町に温かい光が差し込んだ。

008 fin.
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