新章 螢の光
□桃の祝い
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冬の合間にやって来た春のような陽気が、島を包んでいた。
執務室のカレンダーを見れば、桃の節句まで二週間を切っている。
「もう、そんな季節か……」
その事に気付いて、ケイラは頬を緩めた。
桃の節句は忙しい。
忙しいけれど、娘を持つ自分達夫婦にとっては喜ばしい日でもある。
年に一度、三人娘の成長を祝う日。そして、末娘の誕生を祝う日だ。
誕生日も桃の節句も毎年来る。
でも、今年はいつもと違う。
次の誕生日で末娘のアスラは18歳。この国では成人の歳だ。
成人式は夏に行われる卒業式と合同開催だが、成人の儀式は誕生日に設けられていた。
「拗ねないといいなあ」
その昔。着物の色が気に入らないと不機嫌な様子を見せた娘を思い出した。
◇ ◇ ◇
3月3日はひなまつり。そして、末の王女アスラの誕生日だ。
ハレの日を祝う準備で城内は賑やかだ。
城の一室にも雛人形が飾られ、この家に生まれた幼い王女たちの成長を見守っている。
国民から贈られた煌びやかな雛人形は、王女たちの背丈の倍以上もある段飾りだ。
それを、小さな女の子が見上げていた。
段の一番上にいるお雛様達を、女の子はじっと見つめる。
そこへ、赤茶髪の男がやって来た。
「アスラ。そろそろ式典始まるから移動するよ」
女の子が雛人形から男に視線を移す。
そして、口を開いた。
「や」
「やだ却下」
男は彼女に近づき、軽々と抱き上げる。
軽々と言っても、日々成長しているので、ずっしりとした重みが腕を襲った。
産まれた頃よりもうんと重い。
ちゃんと大きくなっているなあ。
自然と口元が綻ぶ。
ゆるゆるな男とは対照的に、いやいやとアスラはバタバタと暴れる。
そんな彼女の背中を優しく叩いて落ち着かせ、雛人形を置く部屋を出て、妻のいる子供部屋に向かった。
「こっちきたい」
「え?」
子供部屋で、女の子の姉カズラが、ある着物を指差して言う。
母親のサトラが、指差す方を見ると、妹の着物がそこにあった。
二人、いつも似たような服を着ているが、今日着る服は違う。
カズラは桃色、アスラは赤色の着物だ。柄は同じで、桃の花である。
サトラは片眉をつり上げる。
これは、我が儘を言う前兆だ。
娘と毅然と向き合った。
「ダメだ。カズラのはこっち」
「やだ」
「“やだ”じゃないの」
「やだ、やだ」
カズラは退かない。
サトラも退く気はない。
少し早いが支度する時間もないので、奥の手を出すことにした。
「……もうこれ買わないぞ」
そう言って取り出したのは、赤い服を着た某少年の絵本。
特徴的な犬耳が可愛らしい彼女の愛読書だ。
カズラはかっと目を見開き「嫌だ!」と、絵本を取り返す。
ぐるると、喉を鳴らして威嚇する娘に、サトラは着る着物を見せた。
「じゃあ、我慢して着なさい」
「むー」
カズラは頬を膨らませるも、大人しくサトラに服を着させてもらう。
着替え終わった頃、ケイラがアスラを抱っこして部屋に入室した。
アスラも機嫌が悪いのか、眉間にしわが寄っている。
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