テニプリ
□君に言えなかったことがある
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ギィ、ギィ
錆びた鉄の音が木霊する。
私は一人星空の下で、錆びついたブランコに座っていた。
春の夜風が気持ちいい。
目を閉じると、星の輝く音が聞こえそう。
来週から、中学生になる。
自然の音に耳を澄ませていると、どこからかシャク、シャク、と、雑草と砂利を踏みしめながら、誰かの足音がこちらに近付いてくるのが分かった。
私は目を開け、顔を上げる。
「こないな時間に呼び出してすまんな」
『侑士!』
そこに立っていたのは忍足侑士。
私のクラスメイト。
ただの仲良しな、クラスメイト。
侑士は私の隣のブランコに腰掛けた。
『なんやねんこんな遅い時間に。私が誰かに襲われたらどうすんねん』
「それはないから安心しぃ」
『失礼な!』
私たちの声は静かな公園によく響いた。
小学生独特のまだ少し高い声だから余計に。
『はいこれ、卒業式の写真』
「あぁ、おおきに」
笑顔の二人の背景は桜が映っている。
綺麗や。
「…今日は言わなあかんことあってなぁ」
侑士はゆったりとした口調で話す。
『おん…何や?何でも聞いたんで』
侑士と目を合わせようとして覗き込むが、侑士は視線を土に落としたまま。
嫌な予感がした。
同時に、侑士は口を開く。
「俺、中学は東京行くねん」
『え…』
雷が落ちた時みたいな衝撃。
だって、中学生活が始まるのなんて、もう来週のことやんか。
来週以降、もう会われへんって言うんか?
「俺、頑張ってくる。いっぱい勉強して賢くなって、大人になって、えぇ仕事見つけて、ほんでまた大阪に帰ってくる。せやから、せやからそん時は…」
そこで侑士の言葉は途切れた。
肩が小さく震えとる。
『ゆ…し…』
私はブランコから立ち上がり、侑士の背中を強く押した。
そのせいで侑士は前のめりになり、こけかける。
「な、何すんねん!」
『なーにつまらん顔しとんねん!侑士あほやなー、そんなんでほんまに賢くなれんのん?』
「たまご、俺は真剣にっ…」
『いっといでや、東京』
ニッと笑みを浮かべて、私は笑った。
『私、侑士なら絶対帰ってくるって信じとる』
「あぁ」
『いっぱい勉強して、ええ大学入って、ええ職業ついて…』
「あぁ」
『私、応援、しとるから』
「あぁ」
泣いたらあかん。
自分にそう言い聞かせて私は侑士の背中を押す。
私には応援することくらいしかでけへんから。
『いってらっしゃい!』
上手く笑えたかな。
侑士は落ち着いた表情やった。
「おおきに」
学校でも、私たちは仲良し二人組として有名やった。
小学生やけど、付き合ってるんちゃうか、なんて噂も流れた。
でも違う。
『あ!もうこんな時間やから私帰らな…』
「あ、俺もや…」
時計を見ながら呟くと、侑士は立ち上がり、私の肩をガッシリと掴む。
『侑士…』
私が侑士の名前を呼んだ直後。
唇に、柔らかいものがあたった。
私たちは仲良しな友達。
友達って、なんやろ。
「待っとってな、たまご…」
『おん…また、会えるでな?』
「おん。絶対」
『ほんまに?』
「ほんまに」
私たちはお互いに別れを惜しむように尋ねあった。
そしてとうとう、本当にお別れの時間。
『ほなら…元気でな』
「おん…たまごも、元気で待っとれよ」
『あったりまえや!』
これが、最後に交わした会話。
その後はお互いに手を振り、走って帰宅した。
ただの、仲良しの友達。
それだけやのに。
『なんでこんなに苦しいんや…』
そうつぶやいた言葉は、小さな虫さえも聞いていなかった。
さみしい
(君にそばにいて欲しかったこと)