転生したら神子さまと呼ばれています
□求婚者たち
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「かな……」
アルバートが俺の名前を言いかけた時、部屋の扉がノックされた。
「かなめ様、エリンです。お食事の準備と、入浴の準備が整いました。入ってもよろしいですか?」
「あっ、えっと、ちょっと待って」
アルバートが両手を放したので慌てて起き上がる。頬が熱い。手で触ってなんとか火照りを誤魔化す。他に変なところないよな。
俺がエリンを迎えに行こうとしたら、ベッドから出たアルバートに腕を掴まれた。振り向くと、窓の前にいるゼフィーを指差し、それから口元に指を持っていく。ゼフィーのこと、黙ってて欲しいのかな。
アルバートがテラス側の扉を開けてゼフィーを外に連れ出す。ゼフィーは喜んでアルバートについて出て行った。アル、熱があるのに大丈夫かな。
「かなめ様?」
「あっ、もういいよ。入って」
エリンは部屋に入ると、素早くベッドに視線を走らせた。
「アルバート殿は?」
「外の庭園にいるよ。ゼフィーの様子を見に行ったんじゃないかな」
「そうですか」
エリンの魔法で部屋の蝋燭にポツポツと灯りがともる。床に散らばったグリフォンの羽根を見てエリンは眉間に皺を寄せたけど、何も言わなかった。
「それでは隣室にお湯を準備いたしますね」
エリンが呼ぶと、廊下に待機していた見習い神官たちがお湯の入った桶を抱えてやってきて、次々とお風呂の準備をしてくれる。それと同時にテーブルには料理を入れた箱が並べられる。お節料理みたいな雰囲気だ。
「お湯は魔法で冷めにくくしてあります。着替えはこちらに。お食事にも魔法がかけてありますからいつでもお召し上がりいただけます」
「ありがとう」
エリンが長々と髪に付ける香水や肌に塗る乳液みたいなもの、身につける衣装、並んだ料理の説明を始めるけど、外に行ったアルバートが気になって半分くらい聞き流した。
「やはり手伝う者が必要では?」
「大丈夫」
「分かりました。残念ですが、もし手伝いが必要ならいつでもお呼びください」
「あの」
「何でしょう⁉︎」
「アルバートの背中の傷が治ってないみたいだけど、何か薬はある?」
アルバートの話をするとエリンのテンションが露骨に下がった。
「薬は聖騎士なら自分で持ち歩いているはずです。聖水も効果がありますので本人が塗るでしょう」
「分かったよ」
「それではかなめ様、今日は大変な一日でしたが、ゆっくりお休みください。明日も我々に光をお与えくださいますよう」
「エリン、おやすみ」
エリンがいなくなると、テラス側の扉からアルバートが戻って来た。
「アルバート、大丈夫? ゼフィーは?」
「小屋に戻した。ゼフィーを部屋に入れると神官がうるさいからな」
「熱があるから早く横になった方がいいよ」
「お前が起こしたんだろ」
「ごめん」
ベッドに引っ張っていって座らせる。そのまま寝ようとするので薬の事を聞いた、
「聖騎士は薬持ってるってエリンが言ってたけど、どこにあるか教えてくれたら俺が塗るよ」
「お前、やっぱり八百年前のこと忘れてるんだな」
「え?」
「神子さまといえば回復魔法のエキスパートだろ」
「そっか。でもあまり思い出せなくて」
「呪いは簡単に払えたのにな」
アルバートに聞いて、テーブルの横の引き出しから小瓶を取り出した。血のついた包帯を外す。包帯というよりただの薄い布みたいだけど。傷からはじわじわと新しい血が滲んでる。よく見ると小さな針金みたいな呪いが肌に転々と残っていることに気づいた。扇で払っただけじゃ不十分だったんだ。呪術を受けるとこうなるのか。
「アルバート、ちょっと寝てくれる?」
ベッドにうつ伏せで寝てもらって、蝋燭の灯りの中、目を凝らす。背中の傷を指でつつくと、アルバートが痛みにうめき声をあげた。何か思い出しそうだ。指で一つずつ棘を抜くように呪いを消し、上から薬を塗っていく。最後に指文字と言葉で簡単なおまじないを唱える。痛みをおさえるとても弱い魔法だ。
「こんなので効くのかな……」
俺の呟きに、うつ伏せになっていたアルバートが上体を起こした。
「寝てないと駄目だよ」
「おまじない、だな」
アルバートが深い緑色の瞳でじっと俺の顔を見つめてくるので、忘れていたドキドキが戻ってくる。
「何でわかったの? 回復の魔法はよく分からないけど、それだけ急に思い出したんだ」
アルバートが俺の両手を握り、視線を落とす。俺もよく分からなくてアルバートと同じように握られた両手を見つめる。
「アル?」
アルバートはふっと息を吐いた。
「俺もお前と同じように、思い出していない記憶がある。でも、記憶なんて気にしない方がいいのかもな」
「そ、そう?」
「お前のおかげでかなり楽になった。もう寝るからお前は食事でもとって風呂に入れ。それとも俺が入れてやろうか?」
「いや、いいよ。自分でする」
アルバートに裸を見られるなんて恥ずかしすぎる。一応結婚相手だけど、これは政略結婚だし、時々どこかにキスすればいいだけの関係だし、アルバートだって仕事だって言ってたし。
「……⁉︎」
急に抱き寄せられて思考が止まる。
「そっか、残念だ。治療のお礼に隅々まで丁寧に洗ってやろうと思ったのに」
耳もとで囁かれて体温が一度くらい上がった気がした。アルバートを見ると完全に笑っていて、これは完璧におちょくられてる。
「熱があるんだろ! 早く寝ろよ」
「そうだな。でもその前に、今日の契約のキスがまだだろ。どこにして欲しい?」
「……っ、手! 聖騎士って普通は手にするんだろ」
「分かった」
そう言ったのに顎をとられ、唇を重ねられた。手って言ったのにこの嘘つき。今日も不意打ちだ。ぎゅっと目を閉じて口も閉じていたはずなのに、気づけば唇を開いてアルバートの舌を受け入れていた。