転生したら神子さまと呼ばれています

□求婚者たち
11ページ/13ページ

 おもちみたいなガルーダの雛鳥はしばらく鳴いていたけど、撫でていると大人しく眠った。

「呪いがなくなったので明日にでも外に放してやりましょう」

 司祭さまが大きな鳥籠を台座に乗せて持ってきてくれた。
 中にクッションを敷きつめてガルーダを寝かせる。こっちの世界の鳥籠は木製で天蓋ベッドのミニチュアみたいな構造だ。普段はジャターユの雛が卵から孵るまで使っているという話を聞いた。ジャターユは神殿を守る神聖な鳥だから扱いが別格みたいだ。

 ガルーダを預けて今度こそ部屋に戻った。大神殿は複雑な構造だけど、部屋と大広間、それから庭園にはもう一人で行けるような気がする。いつも誰かそばにいるから完全に一人になることはないけど。

「かなめ様、すっかり遅くなってしまいましたね。湯浴みはどういたしましょう。お食事も途中でしたし……」
「お風呂は隣の部屋で適当にすませるからいいよ」

 そう言うとエリンはかなり残念そうな顔をした。お風呂に入れることが使命って顔に書いてある気がする……。

「では入浴のお手伝いに参ります」
「アルバートを起こしてしまうから一人でなんとかする」
「かなめ様に準備をさせるなんてできません。アルバート殿は聖騎士ですから、多少の呪いは安静にすればそのうち治ります。気を遣う必要はありません。かなめ様が気になるようでしたらアルバート殿を医療室に移動させます」

 エリン、やっぱりアルバートに冷たいなぁ。神官のみんなそうだけど。

「移動させなくていいよ。お風呂とご飯の準備だけお願い。明日からまたエリンに手伝ってもらうから」

 そこまで言うと、しぶしぶエリンは納得してくれた。

 エリンと別れて部屋に入る。室内はほの暗く蝋燭の灯りが数本灯っているだけだ。そっとベッドに近寄ると、アルバートはこっちに背を向けて眠っていた。上半身裸だけど、背中に包帯が巻かれていて痛々しい。呪いは払ったし、回復魔法も神官たちがかけていたはずなのにまだ傷があって包帯に血が滲んでる。呪いは払えるのに、傷はどうやって治すのか分からない。魔法の呪文が必要なのかな。
 心配でそっと背中に手を置くと思ったより熱かった。熱が出てるみたいだ。高熱なら首周りとか冷やした方がいいよな。

 冷たい水と布を用意しようと向きを変えると、一歩も歩かないうちに何かふわふわしたものにぶつかった。

「うわっ」

 顔をあげると、不思議そうに俺を見下ろす鳥の頭が見えた。たしか、アルバートのグリフォン。暗闇の中に突然現れたように見えてびっくりした。俺が気づかなかっただけでずっと部屋にいたのかも。

「クェー」
「……うるさいぞ……ゼフィー」

 アルバートが寝言を言ってる。そうそう、ゼフィーって名前のグリフォンだった。大きくてなんだか怖い。

「クェー」

 動けなくて見上げてると、くちばしで頭をつんつん突かれた。地味に痛い。鳥のような前脚が『お手』のように出されてる。どうすればいいんだこれ。鉤爪は太いし怖いけど、人懐っこい獣なのかな。おそるおそる前脚に触ってみると、嬉しさのあまりなのか飛びかかられてベッドに一緒に倒れ込んだ。

「うわぁ」
「ゼフィー、いい加減にしろ」

 アルバートが目を覚まして怒ったのでゼフィーはすぐに飛び退いて庭園側の窓まで逃げた。その場に座ってこっちをうかがっている。

「ごめんなさい。起こしちゃって」

 仰向けのまま謝る。傷だらけで眠っているところに倒れ込んだら痛いよな。アルバートは俺とゼフィーを見比べ、やれやれという顔をした。

「かなめ様、お怪我は?」

 寝起きのせいかアルバートの言葉遣いが丁寧だ。口調は憮然としてるけど。

「どこも怪我してないよ。爆発から守ってくれてありがとう」
「護衛が仕事なので」
「それでも、怖かったから助かった」

 アルバートは息を吐いて身体を起こし、部屋を見まわした。ベッドに落ちたゼフィーの羽根を摘んでテーブルに置く。俺も起きあがろうとしたのにアルバートの腕が伸びてきて身体を引っ張られた。そのままベッドの上で膝枕されてる。二人っきり(ゼフィー除く)なことに気づいたアルバートの口調が変わる。

「俺はどれくらい眠ってた?」
「まだ爆発があったその日の夜だよ」
「そうか」

 アルバートが無意識なのか両手で俺の頬を挟む。なんだこれ。遠くを見て考え事をしているだけでそれ以上なにもしてこない。時々むにゅっと揉まれる。痛くはないけど。

「ア、アル……これ」
「あれから変わったことは? 呪術師は見つかったか?」
「何も……鳥は生きてたよ。ガルーダだって」
「ガルーダ……」

 そろそろ起き上がりたいな。これちょっと恥ずかしいし無駄にドキドキする。アルバートは包帯をしてるけど上半身裸だし、膝の上にいるから体温が直接伝わってくる。熱があるのに大丈夫かな。
 下から考え事をするアルバートを眺めているのは、ドキドキするけど、ずっと眺めていたいような気分になる。やっぱりアルバートは他の人とはどこかが違う。仕事だと言われても一緒にいられて嬉しい。

 そういえば爆発の時に変な夢を見た。アルバートによく似た少年が出てきたな。確か、名前もアルだった。
 アルバートも子供の頃アルって呼ばれてたのかな。今日会いにきていた美人のルーリーさんもアルって呼んでた。付き合ってたのかな。それともアルバートの片想い? 怖くて聞く勇気がない。
 俺が二人の仲を引き裂いた本人だとしたら。

「アル」

 小さく名前を呼ぶと、存在を思い出したように俺を見下ろした。しばらく無言で見つめ合う。

 今日は、キスはしないのかな。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ