転生したら神子さまと呼ばれています

□求婚者たち
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***

 暗いけど暖かくて居心地のいい穴の中にいる。
 ここで泣いているといつも彼が探しにきてくれた。今回も現れた彼を見て、ほっとした俺は本心を口にしてしまう。

「神子なんてなりたくないよ」
「お前は向いていると思う。神子に」

 彼は冷たい声で告げる。大人たちが彼を邪魔に思っていることは何となく気づいてる。だから俺が神子になればきっと彼とは引き離される。それに身分の差も生まれて、二度と気軽に話したり、遊んだりもできなくなる。

「向いてないよ……アルは平気なの? 離れ離れになっても」
「いいか、お前が神子になるのはもう決定事項なんだ。だから覚悟を決めろ」

 本当は分かってる。彼が俺を生かすためにわざと冷たい言葉を発していることを。

 神子は何があっても生きなければならない。神子が死んでしまえば国は終わりだから。エルトリアでは前の神子さまがいなくなって十年もたたない間にたくさんの人が死んでしまった。今も魔法の暴風と魔物が人々を苦しめている。俺が神子をやらずに死んでしまったら、次の神子さまが生まれるまでさらに多くの人が亡くなってしまう。
 だからアルは覚悟を決めろという。その言葉はまるで呪いの鎖のように俺を縛る。

「カナ」

 彼は涙に濡れた頬を指で撫でてくれた。骨ばっていて大きくて傷だらけの手。物心ついた頃からずっと俺を守ってくれた血のつながらないお兄ちゃん。俺の手は綺麗だってみんなに褒められるけど、辛い仕事は全部俺の代わりにアルがやってくれたからだ。多分俺とそんなに歳は変わらないのに、辛い目にたくさんあって大人びた顔をしてる。

「俺が護衛兵士になってお前を変な奴から守ってやるよ。それならいいだろ?」
「本当? 約束だよ!」

 アルは嘘つきだ。いつだって優しくて残酷な嘘をつく。嘘だと分かっているのに、もしかしたら二人とも幸せになれる未来が待っているんじゃないかと錯覚してしまう。
 俺は弱すぎた。国がどうなろうと本当はどうでも良かった。アルさえ側にいてくれたら。大好きだったんだ。本当は俺がアルを守らなければいけなかったのに。

***

「かなめ様!」

 目を開けると心配そうなエリンの顔が見えた。白い煙が舞っていて、何が起こったか分からなくて呆然とする。

「ご無事ですか? すぐに別室に移動します」
「アルは……?」

 エリンの背中ごしに大勢の神官が見えた。みんな走り回って人々を避難させている。俺の周りにいるのはエリンとシリン、それに司祭さま。ぼんやりと夢の余韻に浸っていた俺は直前の爆発を思い出して飛び起きた。俺を抱えていたアルバートはどうなった? 鳥は? それにあの鎖だらけの男の人は。

「アル!」
「かなめ様、ここはまだ呪術の影響があります」

 綺麗に飾られていた大広間は悲惨な姿に変わっていた。広間の中央に白い布が被せられている。その白い布は横たわった人の形に見えた。一瞬アルバートかと思ってぞっとしたけどそうじゃなかった。その横に怪我をしたレイ隊長、第一部隊の隊員たち、それにアルバートが座ったり横になっていたから。
 少しほっとしたけど、レイ隊長の両腕とアルバートの背中は焼けこげていて、黒い針金のような物が絡み付いていた。あの針金、なんだろう。まさか突き刺さってるわけじゃないよな。床も真っ黒で無数の鎖と針金が落ちている。

「レイ隊長、アルバート……」
「かなめ様、お近づきになりませんよう。呪術はとても厄介です。大司教が魔法陣を作り浄化の魔法を唱えていますからご安心ください」

 司祭さまの言うとおり、怪我をした聖騎士たちやアルバートの周りには白い光の円が見えた。大司教のおじいちゃんが杖をついて呪文を唱えている。数人の神官も隊員たちに付き添って魔法を唱えてる。たぶん治癒魔法だと思うけど、針金や鎖にはあまり効いてなさそう。

「呪術って、あの針金の事?」
「ハリガネ?」
「鎖とか、糸みたいなのとか、あちこちに落ちてる。大きさも太さもバラバラだけど。鳥にも巻かれてた」

 エリンと話すけど、エリンには針金どころか鎖のこともよく分かっていなかった。例えが悪いのかな。

「あのサデから来た人はどうなったの?」
「あの者は息絶えました。かなめ様がお気になさることはございません。呪術で動いていただけで、もとから亡くなっていたのです」

 そんな事があり得るんだろうか。怖いし可哀想だけど、いったん考えるのをやめた。アルバートと隊長たちが心配だ。
 みんなの制止を振り切っておじいちゃんの魔法陣の中に入る。
 座っているアルバートの背中は服やマントも焼け焦げていて、針金が絡みついていた。アルバートは何でもないような表情をしているけど、顔色は真っ青だ。レイ隊長の両腕には太い鎖が、肩と足にも黒い糸がある。隊長も痛みに顔をしかめているし、隊員たちは横たわって呻いている。

「かなめ様、来てはなりません」
「大司教さま、この魔法で呪術はなくなるの?」
「この場所の浄化をしながら呪術を抑え、同時に治癒魔法をかけ続ければじきに良くなるでしょう。強力な呪術なので完治には数ヶ月かかるかもしれませんが。かなめ様、呪術に触れてはなりませんぞ」

「俺なら大丈夫だよ。アル、痛い?」
「かなめ様がご無事で良かった」

 仕事だと分かってるけど、アルバートの言葉に胸が締め付けられそうになる。

 なぜか出来るような気がして、アルバートの背中の針金に触れると、それはぽろぽろと崩れて消えた。針金というより乾いたそうめんみたいだ。みんなが驚きの声をあげる。
 レイ隊長の腕の鎖も俺がつかんで引っ張ると、あっという間にボロボロになった。思ったより弱いな。

「か、かなめ様……」

 レイ隊長が両腕を動かす。太い鎖は消えたけど、まだ黒い糸が残ってる。

「す、素晴らしい! さすがは神子さまじゃ! あの厄介な呪術痕をいとも簡単に消し去ってしまうとは!」

 感動する大司教のおじいちゃんとレイ隊長たち。みんなが歓声を上げた。でも、この無数の針金を全部綺麗にするの、かなり大変な気がする。喜ぶみんなとは裏腹に重苦しい気持ちになった。
 
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