赤と黒

□学園祭と長期休暇
1ページ/2ページ

 魔法学校の学園祭は前夜祭から始まり、当日は貴族や学生の家族で賑わう。そして学園祭が終われば長期休暇に入る。親と一緒に自宅に戻る者も多く、学生たちにとって楽しい息抜きの日々の始まりだ。
 学園祭だけは簡単な魔法や怪我をしない程度の決闘は許可されていたので、久々に会う家族に実技を披露することが決まりになっていた。

 学園祭前日の昼、シンは最後まで準備に追われていた。嫌がらせのようにたくさんの仕事を押し付けられていたけど、今のシンではたいした苦にはならない。それでも前夜祭の魔法を兄と一緒に見る約束をしていたので、シンは必死に作業を終わらせていた。

 シンに割り当てられたのはAクラスの生徒が披露する魔法の下準備だ。広場にステージを整えたり、候補生が作った魔法アイテムを販売するためのお店の準備もする。ナタリーたち治療系の魔法使いが作るおまじないの治療札は一般の客にとても人気があった。

 準備中、一人で荷物を運んでいるとAクラスの生徒に呼び止められた。

「ねえ、あなたちょっとこっちに来て」
「何か用ですか?」

 振り向いて、その顔に見覚えがあると気づく。呼び止めた生徒以外にも後ろに数人いる。以前シンを呼び出して魔法書をボロボロにした上位クラスの生徒たちだ。
 シンは内心ため息をつきたくなった。さっさと準備を終わらせて兄のところに行きたいのに。仕方なく彼らについて人のいない場所に行く。目立ちたくないから好都合だ。

「あなた、ユーリ様と付き合ってるって本当なの? 二度と会うなって言ったわよね。そんな薄い魔法書でユーリ様と釣り合うとでも思ってるの?」
「どうせ騎士の兄に会わせるよう頼んだんでしょ」
「兄弟って言っても年も同じなんだし、妾の子なんじゃない」
「捨て子かもしれないぜ。騎士団長様だから哀れに思って拾ったんだろ」

 上位クラスの生徒たちが勝手なことを言っている。前回呼び出された時は彼らのことが怖かったんだと思うと感慨深い。彼らはAクラスやBクラスだが、魔法書にたいした厚みもない。集団で順位が下の候補生をいじめることでストレスを発散させているのだろう。シンは魔法書をぱらりとめくった。

「君たちの言ったこと、けっこう当たってるよ」

 シンが魔法書を開いたので、上位生徒たちは警戒して自分達も魔法書を開いた。今日は弱い魔法なら使用可能だ。

「ちょっと、何するつもり?」
「魔法でも使うのか? どうせCランクだろ。ザコ魔法見せてくれよ」

 笑っている彼らにユーリのページを開いて見せてあげた。彼らの顔色が変わる。

「僕、ユーリさんとページ交換してるんだ。ファンなら呼び出してあげようか?」

「なんなの、こいつ。それを貸しなさい。破らないとユーリ様が汚れるわ!」

 32位の生徒が飛びかかってきたので、シンは小さな声で魔法を唱えた。

「きゃあっ!」
「うわぁ!」

 突風が吹いて上位生徒たちが数メートル後方に吹き飛ばされた。その手から魔法書が離れ、風にのって生垣の向こうに落ちていく。狙ったのは魔法書だから生徒たちはたいした怪我はしていない。

「何よ……今の風」
「痛っ、ちょっとどいてよ」
「いってぇ……」

「大丈夫ですか?」

 シンは笑顔で倒れた生徒たちに近寄った。

「すごい風でしたね。皆さんの魔法書、飛ばされましたけど、大丈夫でしょうか?」
「な……」
「向こうに飛んで行ったけど、あのあたりは獏の散歩コースですよね」

 シンの言葉に上位クラスの生徒たちは顔色を変えた。慌ててシンの指差した方に走って向かう。ジオ先生が飼育している獏は、実技試験で突然変異してから生徒たちの行動エリアとは隔離されていたが、変わらず学園で飼われていた。

 生徒たちの魔法書を獏の散歩コースに飛ばしたのはシンだ。獏は魔力を吸い取るが、魔法書から呪文を抜き取ったりはしないだろう。ただし魔力の結晶である魔法書は獏の好物だから、すぐに獏がたくさん集まってくるだろうし、取り返すのは苦労するはずだ。触るだけで魔力をなくすと言われている獏を魔法使いはみんな恐れている。

 弱い者イジメにしか使えない魔力なら無くした方がいいんじゃないかな。そんなことを考えながら、シンは兄との待ち合わせ場所に向かった。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ