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□狂王・娃篦の来訪
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―そして当日。
広間は全ての住人でごった返していた。
皆、朝から表情が固い。世界の中枢部である笙国の王「娃篦(エノ)」は、かなり変わり者として有名なのだから無理もないだろうが。
「あ〜緊張するわ〜」
さして緊張しているとも思えぬ間抜けな声でぼやくのは先日、手持ち奴隷との間にとんでもないいざこざを起こした臣だった。
その奴隷とも和解し、今は以前のように仲の良い二人に戻っている。今この瞬間もベタベタとくっつき合っているのだから、もう喧嘩の心配はなさそうである。
「呑気だね、君達は。全くそんなにべたついて…言ってるそばから恐らく君が初めて感じたであろう緊張感も何もなくなっているけれど?」
骸がじゃれ合う二人を嘲る。
「淫らじゃないからっ」
「そーだそーだ。主従の愛を確かめあっているんだよ。なぁ?」
変な言い訳をしながら尚も見苦しく触れ合う二人に哀れみの視線を投げると骸は所定の位置に向かった。
この儀で定められた骸の席にはすでに由摩が準備万端で主を待っていた。
「骸様。こちらにお掛けくださいませ」
「ありがとう、由摩。―ところで由摩。今日の式典では何か起こりそうな予感がするんだ。どう思う?」
「…骸様がおっしゃっているのですから、神も決まった運命をねじ曲げ何かを起こそうとするはずです」
骸の問いに由摩は最もそれらしく答える。
「だと面白いことになるんだけど…ねぇ?」
骸は意味深な笑みを浮かべ、それきり黙りこんでしまった。
「娃篦王様がご入場されます」
司会者の号令で皆、背筋をピンと伸ばした。そして笙国の王が広間へ入場してくる。
「皆、盛大な歓迎をありがとう。私は笙国の王、娃篦である」
―娃篦の顔には包帯が幾重にも巻かれていた。隙間から覗く目は生気を失い、唇は死人のように真っ青だ。
「…あの、王様、お怪我をされたのですか?」
元老院達がオロオロしながらたずねると、娃篦は薄気味悪く笑った。
「心配には及ばない。少し前、我が国で火事があった。これはそのときに負った火傷だ」
そう言いながら娃篦はおもむろに包帯を外し始める。その素顔は―
「……嘘…だろ…?」
その素顔はあまりにも凄惨なものだった。顔の皮膚が焼け爛れ黒ずんでいた。肉が垂れ下がり、はっきり言って気持ち悪いことこの上ない。
言葉を失った彼らに追いうちをかけるように娃篦はつかつかと歩み寄った。
そして一人の奴隷の顎をくいっと持ち上げた。