無題
□この世界
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高いビル。
忙しなく歩く人。
人混みに埋め尽くされた交差点。
いわゆる都会。
現実。
なんの面白味もない普通の世界のひと欠片。
ただ、1つ違うところがある。
それはこの世界の3分の1の人が、超能力を使えるということだ。
そこだけは唯一、それだけが唯一、俺を飽きさせないでいる。
そして今、俺が何をやっているのかというと―――――
犬に角が生え、毛が一本も生えていないような謎の巨大生物から全力で逃げていた。
ダッシュで。
「誰だぁ!あんなデタラメなもん造ったのはぁぁああ!」
謎の巨大生物。
この世界では一般的にキメラと呼ばれるその生物は、誰かが何かの目的のために産み出したもの。まったく別の生物を複数繋ぎ合わせた合成生物のことだ。
狼にしてはやけにでかく、サイにしてはあまりにも狂暴な、なんとも言えない小説に不親切な生物。
迎撃の為に俺達が用意していた火薬は効かず、張っていた罠は踏み潰され、他の策も軽々と奴の手によって破壊され、まったく打つ手が無くなった俺たちは今に至る。
……いや、ありえなくね?
なにこれ?
登場して既に命が尽きそうなんですけど
「ねぇ、さっきから何ブツブツ呟いてんの?」
巨大キメラから直線で全力ダッシュというピンチな状況にも変わらず、俺のツレはひとつも表情を崩さず、無感情に声をかける。
「人生について最後の叫びをだな、最後の読者に伝えようとしてんだよ」
「なにそれ。ぷっ。キモいんですけど。」
この隣にいる奴は表情をピクリとも変えず笑って見せる。
「神様どうかお願いです。俺の命は構いません。だからこいつを神隠しに遭わせてください。もしくは痛い目に…!
100円あげるから!」
「晃太。俺が神隠しに遭うよう願う暇があるならさ…
あれ。早くなんとかしてくんない?」
「うぉっ……!」
後ろを指差した先、キメラの爪が俺の服に掠れる。少しもスピードを緩めることは許されない。
一寸先ならぬ後は死への入口だ。
「出来たら始めっからしてるよ!サクッと倒して超カッコいい登場してたよ!」
「……。」
「何その無言」
「……はあ。」
こいつ…マジで絞め殺したい!
とは言ってもやばい状況は変わらない。いやホント。冗談抜きで。
「いい加減どうにかしないとな…。せめて使えそうな道具さえあれば…」
全力疾走しながら顎に手を添え頭を捻る。
「おおっと?こんなところに何故かバットが」
「おおー、なんてナイスタイミング………ってか何処から出したんだよ、裕!持ってんなら始めから出せ!」
「晃太ツッコミ長い」
「今どうでもいいだろ!」
ツレからバットを受けとり足を止め、後ろを振り向く。
キメラが耳障りな高いトーンでうなり声を上げ、鋭い爪が振り落とされる
「物さえあればこっちのもんだ!」
襲いかかる爪を素早くかわし、懐へと潜り込む
グリップを両手で握り、バットを後ろに構え、思いっきり足を踏み切る刹那、バットが一回りも二回りも大きくなった。
「いっけぇぇぇぇ!!!!!」
バットを前へと振りだす。キメラのでかい図体に食い込ませ、肺から漏れる空気に低いこえを漏らした。そのまま力に押され、体が宙へと吹き飛ばされる。
「よっしゃ留めだ!」
留目を刺そうとバットをもう一度振り上げた
どごぉぉぉん
「………。」
忘れている方のために、もう一度言おう。
火薬は既に底を尽きている。
にもかかわらず、盛大な爆発音は空気を振動させ地を揺らした
「………。」
え?
予想外な爆破に発射音の元を振り向く
「…。」
そこには悠然とバズーカを肩に背負う奴がいた。
「ふう…。」
紛れもない。憎らしくも何故か行動を共にする、俺の相棒である裕だった。
彼は清々しく額の汗を拭う。
「「……。」」
二人の目が合い、妙な間が空く。次いで、黒こげになったキメラが俺の背後に落下した。その風によりシャツと髪がなびく。
裕はひらひらと俺に手を振る。
「……バズーカあるなら始めから使えよ!」
俺の叫びは虚しくその場に響いた。