黒兎
□参戦
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酷く荒れた大地に、生々しい死体があちらこちらに散らばっている。
空からは冷たい雨が地面を濡らし、全ての生き物から容赦なく体温を奪う。
耳に入る音はその雨の音のみ。
他は何も聞こえない。
雨が強すぎるからではない。
何も無いからである。
草も花も、動物も、人も。
そこには何もない。
グシャリ
何も残っていない、聞こえないはずのその場所に、一つの音が鈍く響いた。
グシャリ
水に濡れ、泥が付いたことで重くなった足を引きずり、一人の男が足を踏み出す。
銀髪に白い羽織りのその男は、身に纏う白が全て赤く染まるほどに汚れている。
背には負傷したもう一人の男があった。
彼の腕は力無くぶら下がり、体は男の背に重くのしかかる。
「しっかりしろ。もうすぐだ。」
銀髪の男は背中の仲間に声を掛ける。
しかし後ろから返事が返ってくる様子はない。
「クソッ。」
銀髪の男は歯を食いしばりながら、思い両足を前へ前へと動かす。
背に背負う男の息は浅く、指一本動ける体力も無い。
それどころか、脇腹には深く鋭利な物でえぐられた傷があり、そこから止まることの知らない紅い血が押さえられた布から滲み出て、トクトクと流れ続けている。
助からないかもしれない。
そう銀髪の男の脳裏に過ぎる。
しかしその考えを振り払い、前へ前へとただひたすらに進んで行く。
「すまない…。」
不意に背後から声が聞こえた気がした。
とても、とても、弱く、か細い声が。
次の瞬間。
地面の泥に足を取られ、ぐらりと体勢を崩す。
背中から横に男が滑り落ち、銀髪の男は前に膝を付く。
息は既に切れ、体力は限界に近い。降り注ぐ雨は更に体力を奪おうとする。
それでも銀髪の男は足を立て、曇天の空に背を伸ばす。
「おい…大丈夫か…?」
背負っていた男に近づき、声を掛ける。
そして片腕を抱え、首に巻き、再び背負おうと全身に力を入れる。
しかしその行動とは裏腹に、抱えた腕はするりと手の内をすり抜け、鈍い音と共に水しぶきを上げる。
銀髪の男は彼の前に座り込み、手首を掴む。
その手は酷く冷たい。
掴んだ腕を離し、恐る恐るその手を彼の左胸へと運ぶ。
何も感じない。
しかし銀髪の男は彼の腕を再び掴み、背負うと試みようとする。
その時、人の気配を感じ顔を上げた。
そこには黒の長髪の男が立っていた。
「もう止めろ。銀時…」
「…ヅラ…。」
「ヅラじゃない、桂だ。」
「止めろって何を…?」
銀時、そう呼ばれた銀髪の男は力無く笑みを浮かべ、桂を睨み付ける。
桂はそこに横たわる彼を、物苦しそうに見つめる。
「…もう…死んでいる。」
既に男の鼓動は止まり、呼吸もしていない。
どこかで分かっていた現実を銀時に突き付ける。
「立てるか…?」
桂は銀時に手を指し伸べた。
しかし銀時はそれを払いのけ、足を踏み締め立ち上がった。
軽くなった体は容易に持ち上がる。
「クソ…このままじゃ埒があかねぇ…。
何も変わらないまま仲間が傷ついて行くだけだ。」
心の叫びをふと零す。
桂はそれを少し悲しみの陰った目で見つめる。
「そうだな…。」
敵も、仲間も、すべての命を奪い去る。
これが戦争。
何も残らない。
そこに有るのは勝ち負けの結果のみ。
この戦争が始まって約二十年。
敗者も勝者も出さず、ただ命の奪い合いをし続けていた。
天人の優勢。
それすら覆すこともできず、終わりの見えない戦争をし続ける。
どちらかが滅ぶまで――――――