黒兎

□暇潰し
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「あ゙ぁ〜…。暇だぁ…。」


団長としての仕事を一通り終わらせた伊坐薙は、現在、暇を持て余していた。


「指示は出したし、選抜もしたし。地球遠いし、出発は明日だし。なぁーにもすることねぇや。」


そう言った通り、なにもすることが無い伊坐薙は、なんとなく気晴らしに船内をうろついていた。


「こういうとき、神威なら明日の事が楽しみで時間なんて忘れちゃうんだろうなぁ。
阿状兎なら………わっかんねぇな、おっさんのことは。
とにかく暇だ。これなら明日なんて言わずに今日にしときゃよかった。」


ふらふらと目的も無く歩いていると、すれ違った相手の肩にドンッとぶつかった。


「おっと、すまん。」


軽く謝ってまた歩きだそうとすると相手は伊坐薙を呼び止める。


「ちょっと待てよ、そっちからぶつかっといてそれだけか?」


相手の顔を見ると、猫のような顔をした天人だった。

他に二人、似たような顔の連れを引き連れている。


「それは失礼。すんませんねぇ、以後気をつけます。
それじゃ。」


特に感情も込めず棒読みで答え、再び歩きだそうと一歩踏み出す。

すると今度は肩を掴まれ半ば無理矢理足を停められた。


「用はまだ済んでねぇぞ。」

「あれ、俺はちゃんと謝りましたけど?」


伊坐薙は相手に目も向けようとせず、軽く溜息を付く。

その態度にいらついたのか、相手の肩を掴む手に力が入る。


「どうやら最近の若い奴は礼儀も知らんらしいな。」


そう言い、伊坐薙を振り向かせる。

相手に対し小柄な伊坐薙は、特に反抗もせず振り返る。


「年上に対する敬い方を一から教えてやろう。」

「あー。もしかしてお腹すいてんの?
だからちょっと不機嫌なのかな?
でもごめんねぇ。今にぼしもキャットフードも切らしてんの。」

「てめぇ、からかってんのか!?」

「まさか。大マジっすよ。」

「まずはその口を言えなくしてやる!」


相手の怒りは頂点まで達し、伊坐薙の顔目掛けて思い切り拳が降り懸かる。

伊坐薙は拳をぎりぎりまで引き寄せ、ひょいっと首だけ曲げてかわす。


「こいつっ!」

「危ない危ない。もうちょっとで当たる所じゃなかったですかぁ。」

「……いちいちムカつく餓鬼だっ!」


「右ストレート。左ストレート。次は右足で、左からの猫パンチ」

「くそ!当たらねぇ!!!」


言い当てた通りの動きを相手は見せ、伊坐薙は軽々とよける。


「猫又さん。もしかしてこいつ…。」


次の拳が振りかざされたとき、側にいたもう一匹の猫が口を開いた。

そして小声で何かが伝えられる。


「…なに!………そうか、こいつあの夜王の後任か。
いや、しかしこんなガキに…。

おい、お前。」


「ん?」


伊坐薙に向かって声を掛ける。
つまらなそうにしている伊坐薙は目だけを向けた。


「丁度いい。団長になったばかりなんだろう?
あの春雨の雷巣とまで呼ばれた第七師団がこんなガキに勤まるかどうか、礼儀を教えるついでに試してやる。」


猫又と呼ばれた偉そうな猫は、上着を脱いで、身構える。


「おっ。いいねぇ。丁度暇してたんだ。
俺は他の奴等と違って加減が出来るから、安心して全力出しなよ。」


ようやく相手に関心を示した伊坐薙は、特に構えようともせず、相手の出方を窺う。


「ちょっと…。大丈夫なんですか?猫又さん…。
相手は第七師団、それも団長ですよ?」


不安になった猫又の取り巻きは小声で口を挟む。


「ふっ。噂ではあの小僧、夜兎の血は半分しか入っておらんと聞く。
しかも、もう片方はあの貧弱な地球の人間だとか…。

それでは力もたかが知れるわ。団長へはただ担がされただけだろう。
そんな相手、恐れるに足らん。

だが手を抜く気も無い。
あの減らず口、すぐにへし折って二度と聞けないようにしてやる。」


猫又は余裕な態度で伊坐薙の動きを見張る。

伊坐薙は相手から動こうとしないのを見て、軽く準備運動を始めた。


「ふーん。てっきりそっちから突っ込んでくるかと思ったけど…違うみたいだね。
じゃあ俺から行かせてもらうよ。」



 
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