我、妖怪に御座候

□彼は誰刻_虚の世界
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灰色の闇の中、白い光を追う。

チカラなく飛ぶ姿は陽炎のように闇に揺れ、見失いそうになる。

どれほど時が経ったのか。
ずっと歩いているのに、果ては見えそうになかった。

「どこに行くんだ。」

問いかけても無駄と知っていながら、話しかけてしまうのは、寂しさのためだろうか。

蝶は応えるように、時折ユラユラと僕の元へかえっては翅を休め、…休む度、羽ばたくチカラを失っていく。

まるで僕にチカラを奪われたかのように…。

浮かんだ考えに背すじが冷え、考えを振り払うため懸命に蝶を追う。

蝶がチカラを失くし動かなくなったら、虚の闇に何が残る。
妖といえども、この闇で独り時を経る孤独に耐えられるものではない。

そう怯えに理由をつけかけ、刺すような胸の痛みに首を振った。

…違う。
僕が怖いのは孤独ではない。
孤独も、虚の闇に眠ることさえ怖くはない。

灰色の闇を飛ぶ蝶は、真っ直ぐに進んで行く。

その姿から目が離せない。
この懸命に飛ぶ蝶を、失うのが怖い。

それは、なぜ?

つかめそうな答えが、前をゆく蝶の白い輝きに乱されて消えた。

蝶が導く何処かへ行かなくては。

飛ぶチカラを失いつつある蝶の飛行は徐々に低くなり、それでも先を急ぐ健気さに、彼のヒトを想い出した。

…彼のヒト?

浮かんだ女の泣き顔に首を傾げた。

…覚えがない。
これも虚の創るまやかしか。

そう決めてしまうには、愛し過ぎて…。

思考が纏まらない。

記憶に蓋をされたような違和感に怒りを覚えた。

もう、地を這うようにしか飛べない蝶は、なぜ僕を導く?
なぜ、これほど蝶に魅せられる?

疑問符ばかりが頭を占め、答えが見つからない。

それでも…。
この感情の名は知っている。

変わらぬ灰色の景色の中、ついに動かなくなった蝶を拾い上げ、両手に囲う。

動けないのかフルフルと触角を震わせる蝶は、白い輝きを帯びたままだった。

…愛しい。
そう、僕はこの蝶が愛しい。

なぜなら、それは…

目を閉じて虚の闇を払い、手の中の蝶を感じる。

僕がつくった闇の中に、愛しい君の泣き顔が浮かんだ。

名前も知らない君。
僕がいても気づかないくせに、その輝きだけで魅せる君。

引き出された記憶の欠片はすぐに僕を揺さぶり、君で満たした。

蝶は、手の中で、震えることもやめ、大きな黒い目で僕を見ている。
なんの感情も映さないはずの目が、言葉を待っている気がして、胸が苦しくなる。

「愛してる。」

白い翅に口づけ、虚の残した術を解き、赦しを請うた。

君を忘れるなんて…。

僕の謝罪を待っていたかのように、蝶は翅を大きく広げ、ゆっくりと姿を変えていく。

蛹が膜を破り飛び立つ翅を持つように、灰色の闇の中、君は君の姿を取り戻す。

その美しさに目を奪われ、動けなくなる僕は、ただひたすらに無力だ。

君でさえあればいい。
君であれば…。

戻ると同時に崩れたカラダを抱きしめ、蒼ざめた頬に触れた。

「…で、ぐちが…」

「ん?」

耳を寄せると、君が何か囁いた。

「とじ…る…」

君の目線の先、虚の世界と現世(ウツシヨ)の境が見える。

「眠るんだ。」

こめかみに口づけを落とし微笑むと、君は…意識を手放した。





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