私の全てをあなた達に捧ぐ

□過去
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捨てられた公園から始まり、市場を通り、住宅地を通り過ぎる。
それから路地裏を抜けようとした時、

「お前、なにやってんの?」

頭上から、まだ声変わりを迎えていないと思われる少年の声が降ってきた。
私は咄嗟に上を見る。
少年はゴミ箱に乗って私を見下ろしていた。

「誰?」

私は少年に話しかけていた。
この時の私には、『警戒心』というものが無かったのだと思う。
少年は

「俺?」

と言いながら、ゴミ箱から飛び降りてきた。
そして私の目の前に降り立つ。
それは、それなりに上等な服を着た、晴れた真夏の空のような青い瞳を持つ黒髪の少年だった。
歳は私より少し上のように思える。

「俺の名前はティール。お前は?」

「私は……」

そこまで言って私は黙った。
自分の名前がわからなかった。
母は私の名前を呼ぶことをしなかったし、呼んでくれる友達もいなかった。
だから私は、

「無いわ」

と答えた。
するとティールは信じられないという顔で

「はぁ?」

と言った。

「名前、ないのか?」

「うん」

「普通は親が付けてくれるんじゃないのか?」

普通はそうだ。多分。
恐らく、私にも名前と呼べるものがあるだろう。
だが、わからなかった。

「呼ばれたことないの。私は愛されていなかったから。今さっき、捨てられたところよ」

我ながら冷淡な言い草であると思った。
ティールは黙って私を見ていた。
彼に冷たい娘だと思われるだろうか、それはちょっと嫌だな。
彼は同情してくるのだろうか、それも嫌だな。そう思った。
今思えば、私はこの時からティールの事を想っていたのだろう。
私は、そういった気持ちでティールをジッと見つめ返した。
すると、ティールは私の予想に反してニカッと笑うと言った。

「俺と一緒なんだな!」

驚いた。まさか彼も捨て子だったかんて。

「じゃあ、俺と一緒に来るか?」

そして嬉しかった。
これからもずっとティールと一緒にいられる。
私は自然と「うん」と答えていた。
彼は私の手を引きながら、走り出す。
速度はどんどん増していき、私は何度も転びそうになった。
しかし、今までに味わったことのない爽快感に私の胸はドキドキと高まる。
ティールは走りながらも、私に色々な事を教えてくれた。

「車は危ないから、ぶつからないように歩道を歩くんだ」

「野良犬にも気を付けろよ。なるべく近寄らないようにするんだ」
他にも沢山教えてくれた。
その間中、彼は笑っていた。
時に誇らし気に、時に無邪気な子供の笑顔で。
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