special thanks 1
□あいしている愛している哀している
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哀しいほど、愛しい故に。
空は雲に覆われ、日の光はなく、世界は薄暗い。
柔らかく小雨が降り続き、隊服は雨水を吸った。
足元の水溜まりを踏み、革靴が汚れる。
それ以上に、返り血で汚れたこの人生。
「…おい、何してんだ。」
雨を嫌わないそいつに声をかける。
そいつはしばらく座り込んでいたが、やがて立ち上がり、ぽつりと呟く。
「寒くないかな、と思って。」
寒いもなにも、さっき俺とおまえで斬り捨てた浪士共はとっくに事切れていて。
もう「もの」になってしまったそれを、じっと見ている姿が、やけに目につく。
「救護班と監察が来るまで、もう少しかかる。おまえは、どこか屋根のあるところへ行ってろ。」
そう言えば、俺の顔ををちらっと見て、首をふるふると小さく振った。
その場から、離れる気はないようだった。
普段から人気のない路地裏は、この天気のせいでひっそりと静まり返っていて。
傘はなく、小雨とはいえ、長時間濡れていれば身体も冷える。
俺はポケットから煙草を取り出し、火をつけた。
幸いまだ湿気てないらしく、煙草の煙はゆらゆらと空気の中を泳ぐ。
弔いの煙に似ている、なんて感傷的なことを感じたのは、きっと気の迷いだろう。
そして、相変わらず斬ったものを見つめ続けるこいつを、どうにかしなければと思った。
「…これでも着とけ。」
着るというよりは被るといった方がいいような動作で、俺はまた座り込んでしまったそいつの頭に隊服をかける。
血生臭いから嫌だとか、普通の女が言いそうなことは言わず、ただ「ありがとうございます。」とだけ聞こえた。
本当は全部、わかっている。
こいつは、俺と同じ世界には置いておけないと。
血も争いもない世界で生きていくべきなのだと。
俺のエゴひとつで、ここまで連れてきた。
副長補佐にして、俺の隣で人を斬らせて。
以前のようには笑わなくなって、食も身体も細くなって。
俺が愛でたこいつは消え、今はその形だけが残っている。
それでも、他に方法はなかった。
俺の手元に留める術など、あるはずがないと頑なに信じていた。
「…仕事、辞めるか?」
俺は視線を地面に落としたまま、尋ねる。
その言葉に一瞬反応し、ぴくっと身体を揺らしたかのように見えた。
目をきちんと合わせて、丁寧に答える。
「辞めません。…副長の傍にいます、ずっと。」
「…そうか。」
上手い相槌が思いつかない。
思想を歪めてまで、俺の傍にいるという、絶対的な忠誠心。
素直に喜べるほど、単純でも軽くもなかった。
「副長は誰よりも、強くて弱いですから。隣に、居させてください。」
煙草の灰が、ぼろっと落ちる。
冷たくも温かくもなく、たった一言が俺を慰めて。
同時に、俺が求めていたものがわかった気がして。
「…んなこと言うな。惨めになるだろ。」
僅かに強がって
「副長、惨めですか?」
浅はかな期待と
「わからないなら、何も言うな、これ以上」
虚しい感情を孕ませて
「言わせねぇよ。」
吐き出す。
煙草は踏み潰し、頭にかぶせていた隊服を剥ぎ取り、迷わないで口づけて。
驚いたのか少し震えた身体を、しっかりと両手で捕らえ、丁寧に舌を絡め。
微かに漏れる吐息ですら、独占したいと。
地獄までこいつを攫ってしまえばいいと。
そう決めて抱きしめてしまうのは、容易く。
手放し難いなら、きつく縛り付ければいい。
雨水でうっすらと濡れてしまった肌に触れれば、熱はなく、只柔らかで。
地面に落ちてしまった煙草は、弱々しくか細い煙をたなびかせて揺れる。
哀しいほど愛して、狂おしいほど求めて。
片手に刀を、片手でこいつを抱けるなら、それだけで報われてしまう俺の世界。
それを慈しむかのように小雨は振り続け、世界は生暖かい空気で二人を包んでいった。
Fin