MONSTER
□禁じられた遊び
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遠雷の如く彼方から迫る、怪物の咆哮と正義の慟哭。
ドミネ−ターで撃たれた傷が完治した頃、郊外で殺人事件があったとギノから連絡があった。
場所は八王子にあるドローン整備工場だ。
まだ自然が残る地で、ドローンの暴走による死亡事故が立て続けに三件も発生しているらしい。
目撃情報や証拠も見つからず、事件は全て単なる事故として処理されかねない状態だ。
だが、いざ現場に到着して工場内に足を踏み入れると、たちまち異様な雰囲気に飲み込まれてしまった。
とっつぁんと俺は目を合わせ、縢もにやつきながら辺りを見回している。
ここで起こった出来事は、事故ではない。
そう察知しない執行官は猟犬以下だと断言できるほど、現場の空気は禍々しく澱んでいた。
日没後の工場は外来駐車場ですら薄暗く、日頃いかに人の出入りが少ないかを物語っている。
そんな中、搬送車のライトを頼りに作戦を決行すべく、縢や六合塚、俺と陽本が下準備に勤しんでいた。
常守は俺達の様子を物珍しそうに覗き込んでいる。
監視というより見学に近い好奇の目は、遠慮を知らない。
コンテナを座席に交換して有人バギーへと換装して、ドローンの整備を行う縢。
護送車の屋根の上でパラボナアンテナを設置し、動作確認を進める六合塚。
通信ケーブルを運ぶ俺に、回線の接続状況を調べる陽本。
それぞれ何も言わなくても、得意分野や人手が足りない部分をサポートできるくらいの能力は互いに持ち合わせている。
作戦が成功すれば、深夜には宿舎に戻れるだろう。
この場にいる執行官全員が、おそらく俺と同じ予想を立てている。
これから何が起こるのか、どんな結末が待ち受けているのかまで。
「…金原さんには、その、話をするだけなんですよね?」
「ああ」
常守の問いかけに上の空で答えた俺は、極めて素直だ。
新人監視官である常守は状況判断能力に長けている上、偏見も少ないせいか、執行官の意見にあっさりと賛同した。
自分自身が囮役になるなんてこれっぽっちも考えず、俺の薄っぺらい返事を本気で信じ切っている。
一方で、俺が何を企んでいるのか薄々勘づいているであろう縢や六合塚はあえて何も言わない。
陽本も終始黙っていたが、内心ギノととっつぁんの心配をしているのか、ぼんやりしがちだった。
こいつは普段素っ気ない態度を取るくせに、こういうとき誰よりも他人のことを考えてしまう。
なのに自分の事情は隠したがるなんて、滑稽なのに笑えない。
一度だけ本人にそう伝えたとき、陽本は「狡噛と一緒だね」と呟いてから話を逸らした。
珍しく的を射ない言い分だ。
俺と陽本は根本的に違う。
あいつは情があるが、俺にはない。
どんなことでも容赦なくできるという点において、俺のほうが残虐で執行官向きだ。
運命論なんて微塵も信じていないが、もし陽本の人生に分岐点があったなら、それは一体どこだったのかと考えることはある。
三年前まで安定したサイコパスの持ち主だった彼女が、公安局と接点を持つようになってからか。
一係の人間と親密な関係になってからか。
正解はわからないが、逆に言えばどれが答えとして扱われてもおかしくない。
シビュラに従おうが自我を貫こうが、ままならないのが人生だ。
「おまえはどうする?縢達と後から来るか、それとも」
「いいよ、囮役で。常守監視官のことも気になるし」
「怖いもの知らずだな」
「狡噛ほどじゃないよ」
俺が全て話す前に、陽本は落ち着いた声で返事をした。
俺達執行官が自らの思想に基づいて行動するなんて、本当ならあってはならない。
だが、俺や陽本は理屈でそうわかっていても、できるだけ自らの判断が優先される作戦を好んだ。
それは仲間を信頼し、上司であるギノになら尻拭いを任せられるという妙な甘えの果てでもある。
「またギノに怒られちゃうかな」
「だろうな」
短い相槌を打ってやると、陽本は笑みを浮かべて俺を見据えた。
こいつはいつでも俺から逃げない。
否、俺だけではなく対峙した相手からは絶対に逃げ出さず、最後まで向き合おうとする。
前向きな姿勢を密かに尊敬する反面、いつかその行為が彼女自身を追いつめてしまうのではないかと危惧せずにはいられなかった。
「行くぞ」
「了解」
陽本の肩に軽く手を乗せれば、彼女の視線はあっという間に神経を研ぎ澄ませたものへと変化する。
こいつが執行官になってから、三年が経つ。
その歳月は、陽本が世界の本質を知るには十分な時間だった。