MONSTER
□錆びた月
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仄暗く浮かんだ過去と、この手で葬った残像と。
トレーニングと短い休憩の後、常守と俺は静まり返った公安局の刑事課オフィスでデスクワークを行っていた。
おそらく今までの事件で溜まっていた報告書と始末書を、片っ端から処理しているのだろう。
時折ちらちらと常守から視線を向けられたが、この程度なら気にならない。
誰からどう思われようと、俺は俺の仕事をこなすだけだ。
やがて何を思いついたのか、常守は唐突に俺の隣へ駆け寄ってモニタを覗き込む。
映し出されているのは単なる作業データではない。
今朝発見されたばかりの遺体、山口昌美に関する資料だ。
情報発信源は陽本だが、送信元を特定されないようデータは既に加工してある。
「やっぱり事件の情報…!唐之杜さんの仕業ですか、それとも香月さんが」
「誰の仕業でもないさ。いつの間にか俺の端末に入ってた」
「そういう子供みたいな言い訳を…」
「どう思う?あんたも目を通してはいるんだろ?」
さりげなく疑問を投げかけると、常守は期待通り眉を潜めた。
「どう、って言われても…薬剤の分析結果からも、三年前の事件と同一犯の可能性が高まったとしか…」
「俺は全く逆の感想を抱いた」
「逆?」
「ああ。三年前の事件だと…例えばこいつだ」
率直な見解を言い捨て、自作のファイルを常守へと投げ渡す。
古びて黄ばんだプリントには、ホログラムにまとめていない内容が印字されていた。
「…犠牲者の一人は、汚職疑惑のかかった衆院議員だった。犯罪係数の虚偽申告、あるいは急速上昇を疑われたが、議員特権で再計測を拒否。マスコミや野党の追及を『記憶にございません』とかカビの生えた言葉で切り抜けようとした。それが死体で発見された。頭蓋骨が綺麗にカットされて、脳がすっぽりくり抜かれた状態でな。被害者の肛門には、記憶について重要な働きをするとされる脳のパーツ…海馬が突っ込まれていた。佐々山の殺され方もそうだが、あのときの犯人は殺し方や死体の飾り方に何らかの意味合いを持たせようとしている節があった。被害者は四人。死体が発見されたのは、全て異なる場所。ホロ・イルミネーションの裏側、高級料亭、動物園、アイドルがライブ用に組んだステージの真上…しかし今回は二件続けて『公園』だ。舞台設定に芸がない」
「芸、ですか…」
「今回の二件からは、歪んだユーモアやメッセージ性も感じない。美しく悪夢的で芸術作品のようだが、何かが致命的に欠けている」
「何か…とは?」
考察を一気に話した俺は、陽本と同じように頭の中で上手い言葉を探してみる。
現状を捉えるのに相応しく、端的で理解しやすい一言を。
「オリジナリティ…」
「オリジナリティ…ですか?」
「こんな手間をかけた殺しなのに、犯人の主張が薄い。仮に主張があったとしても、俺にはそれが感じられないほど自己満足的だ」
「主張って…人を殺すのに、只の殺意以外にどんな理由が」
「少なくとも藤間幸三郎にはあった。奴にとっての殺しは、只の素材の下準備でしかなかった。そこまでは今回の殺しも共通だ。だが、そこから先は…死体の作風がまるで違う。全く別の犯人像が見えてくる」
死体の作風だなんて詩的な表現は、陽本が勧めてくる本の影響だろうか。
何にせよ、表現の手段が増えるのは決して悪い話ではない。
考え込む常守を横目に、俺はタブレットを操作して犯人像を打ち込んでいく。
「ええと…」
「知能が高く、シビュラ判定では高収入の職業を割り当てられている。しかしかなり若い、もしくは精神年齢が低い犯人。精神的に親へ依存しているだろう。協力者もいる。…犯人が男なら母親と二人暮らし、女なら父親とだな。死体を性的に侮辱する要素の少ない点から、幼児期の虐待は受けていないと推測できる」
「それは…」
「プロファイリングもどきだ」
「プロファイリング?」
「勉強すれば、誰でもこのくらいの技術は身につく」
「狡噛さんにそんなこと言われても、全然説得力がないです」
呆気に取られた顔の常守を横目で窺いつつ、煙草を灰皿にねじ伏せた俺は躊躇いなく立ち上がる。
ずっと座っていたせいで身体の節々が僅かに痛んだが、束の間の休息代わりだ。
現場は立ち止まらない。
こうしている間も、ギノや陽本達は事件解決に向けて奔走しているだろう。
チェックメイトはまだ先でも、この手で賽は投げられる。
「監視官、外出許可を申請する」
「え?それって私が同伴しないと」
「だからついて来いと言っている。やり方はあると言っただろ?」
「狡噛さん…」
「捜査から外されたなら、俺達が戻らざるを得ない状況を作り出せばいい」
ずる賢く、手段を問わず。
首輪を繋がれたまま動く方法を知ったのも、佐々山のおかげだ。
あいつの存在が、俺と陽本を確実に変えてしまった。
失ってもなお、佐々山という鎖に縛られる俺達はどんなに滑稽か。
佐々山の不在に馴染めない俺と陽本を取り残し、月日は着々と先の見えない未来へ向かっていた。