MONSTER

□錆びた月
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赤黒く腫れ上がる記憶と、この目で見えない亡霊と。





警備ドローンと鑑識ドローンに現場を任せたギノは、私と一緒に覆面パトカーへ乗り込んだ。

狡噛を乗せた護送車は既に公安局へ出発していたので、選択の余地はない。

それでもこのタイミングでギノと二人きりになるのは避けたかったと思いつつ、窓の外の景色を黙って眺める。

今日は穏やかな天気だ。

本来なら、事件現場の公園も草花を愛でながら散歩する人やベンチで日光浴を楽しむ人で賑わっていただろう。

ホロで彩られた世界でも、それしか知らない私達にとっては貴重な憩いの場だ。

現在の安寧は永遠だと、誰もが信じて疑わない。

シビュラが裏付けた箱庭で、ホログラムの星空を見上げる人生だとしても。







微睡む寸前で沈黙を破ったのは、眉を潜めて話し出したギノだ。

「陽本はどうする」

「どうって、何が?」

「とぼけるな、今回の事件だ。…理論上は初動捜査に加わっても問題ない。だが、三年前のこともある」

「気を使ってくれるなんてギノらしくない、心配しなくても大丈夫だよ。潜在犯なんて色相は元々濁ってるし」

「全くお前は…狡噛に負けず劣らず時々突拍子もないことをやってくれる。少しは慎め」

吐き捨てたギノの表情は、普段よりかなり苦々しい。

佐々山の死が狡噛や私にどれだけ影響を与えたのか、監視官としてギノは散々目の当たりにしてきた。

きっと彼なりに、自責の念があるのだろう。

佐々山を止められなかった狡噛と狡噛を止められなかったギノの関係に、大きな違いはないのかもしれない。

生きているだけでいいなんて、ギノの性格からすれば思い付きもしないだろう。

「とにかく今は、この事件に集中してくれ」

「了解」

姿勢を正して返事をすれば、ギノは安堵の溜め息をつく。

憂いを帯びたそれは、人間らしさの欠片だ。

生きている以上、人の心に迷いは絶えない。

立ち止まるのは許されない世界で暮らす対価として、皆それぞれ何かをすり減らしている。

例えば良心や正義、個々を測る色相を。







刑事課オフィスで秀星や六合塚、征陸さんと合流すると、ギノはホログラム・モニタを開示しながら現状を説明した。

ギノの言葉に合わせてホロの映像は変化し、生々しい死体が映し出される。

「代官山の公園で発見されたバラバラ死体は葛原沙月、全寮制の女子高等課程教育機関、桜霜学園の生徒だ。一週間前から行方不明になっていた」

「おい、桜霜学園って…」

「標本事件の容疑者、藤間幸三郎の勤務先でしたよね」

征陸さんの呟きに、先回りした六合塚は顔色一つ変えず冷静に答えた。

「ああ、遺体は特殊な薬剤に浸食され、タンパク質がプラスチック状に変質。分析の結果、これは三年前の事件で使われた薬品と同一であることが判明した…確かに同一犯の可能性は高い」

「謎の殺人鬼…藤間ってことになってるが…が三年ぶりにカムバック、ってわけか?」

「復活を望まれていない音楽グループほど再結成しますから」

そういうもんなのかねと頭を掻く征陸さんに、六合塚は素っ気なく相槌を打つ。

「はーい、ギノさん質問!本当にコウちゃん外してよかったんスか?コウちゃんは標本事件の調査を続行してたんでしょ、何か新しい手がかりとか掴んでたかも」

「狡噛の報告書には目を通してある。あれは只の妄想の羅列だ」

秀星の言葉を聞いたギノは、苦虫を噛んだ表情になる。

高圧的な言い方をするギノに対して、露骨に食ってかかるような執行官は狡噛以外にいない。

そんなことをしても、猟犬どころか狂犬扱いされるだけで問題は解決しないと嫌になるほど理解している。

けれど、ここにいる皆は『狡噛慎也が大人しくしているはずがない』と考えているだろう。

謎解きをするからといって、正攻法が最善策とは限らない。

むしろ狡噛なら、人目につかない闇の中ほどうまく動けるはずだ。

ホログラム・モニタのデータは各パソコンに送信され、事件の概要と捜査の流れを確認した執行官はそれぞれの仕事に取りかかる。

文部省の許可が取れ次第、現場で生徒や関係者に聞き込みを行うと告げたギノは、足早にフロアから出ていった。





狡噛が探し求めている答えに近づくため、舞台の裾まで彼を手引きする。

それが狡噛を信頼する私に課せられた、もう一つの仕事だ。









   
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