MONSTER

□人魚の鱗
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銃口を向けた先にあるのは、孤独な正義か世界の秩序か。





金原と御堂が起こした二つの事件は、納得のいく真実を得られないまま収束した。

厳密に言えば、解決せずとも終わらせなければならないと表現すべきかもしれない。

金原からは不確かな供述しか聞き出せず、御堂は既に死んでいる。

おそらく二人共誰かに利用されていたが、今の状況ではそんな推論を口にするのさえ難しい。

金原と御堂に殺害方法を提供した人物がいると仮定し、想像を膨らませる。

形にならなかったはずの憎悪を犯罪へと結びつけた発想。

金原や御堂では成し得ない事件を仕掛けた巧妙なやり口。

玩具を与える気軽さで歪んだ遊びを教え、人の生死を容易く操ってしまうそいつは、神にでもなったつもりなのだろうか。







一係全員が集まっていた刑事課オフィスを勝手に抜け出し、宿舎まで戻る。

話し合いはまだ終わらないが、あの場でいくら疑問を投げかけても所詮机上の空論に過ぎない。

突き止めるべきは、目に見えない怪物だ。

早くそいつを捕まえなければ、再び別の形の犯罪が起こるだろう。

そうなる前に、俺がこの手で何とかしなければならない。

芽生えた感情は願望でも義務でもなく、最早使命そのものだった。







トレーニング機材が溢れる、薄暗い自室。

ホロアバターもいない空間は心を落ち着かせるのに丁度いい。

騒々しいのは好まない主義だが、三年前からますますその傾向に拍車がかかってきた。

奥の部屋は資料室と化した小部屋だ。

壁にはびっしりと画像データやメモを貼り、棚に並べた資料は切り貼りを繰り返して分厚くなっている。

ベッド代わりのソファーには読みかけのファイルが数冊積まれていた。

過去の資料は電子メディアに頼らず、徹底して紙やノート、写真での保存を心がけている。

オンラインの情報は削除されやすく、改変も後を絶たない。

磁気媒体を信用できない俺の偏執的傾向は、ここでも顕著になっている。

引き出しを開けて資料を手にした俺は、二つの事件と関連性のありそうな過去の事件を片っ端から探していく。

世界を風刺し人生を皮肉る、タチの悪さが強調された事件。

それを紐解く鍵は、必ずどこかに潜んでいるはずだ。

やがて断りもなく部屋へ入ってきたギノが、眉を潜めながら訴えかける。

「狡噛、お前は―」

「ギノ、あの事件と同じだ。ただ殺意を持て余して板だけの人間に手段を与え、本当の殺人犯に仕立て上げている奴がいる」

言葉を遮って推測を述べれば、ギノは苛立った顔をした。

「落ち着いて考えろ。あのときは薬品、今度はプログラムのクラッキング・ツールだ。全然違う!」

「技術屋と周旋人が、また別なんだ。人を殺したがっている者と、そのための道具を作れる者とを引き合わせている奴がいる。そいつが本当の黒幕だ」

ファイルのページをめくる俺を、ギノは客観的な言葉で縛り付けようとする。

なりふり構わず誰かを止めたい必死さは、情けなくて懐かしい。

「…お前は潜在犯だが執行官として社会奉仕することを許された、極めて稀な存在だ」

「監視官研修の講義か…随分昔の話だな」

「覚えてるなら、犯罪係数が上昇し続ければ施設送りになることくらいわかっているだろう」

「ああ」

「いい加減にしろ!お前は幽霊を追いかけているんだ!」

「佐々山は突き止める寸前までいった!」

手元にあったファイルをギノの鼻先へと突き付け、猟犬の如く牙を向く。

ギノが俺にどんな返事を望んでいるのか知っていても、答える気は毛頭ない。

「あいつの無念を晴らす…そのためだけの三年間だった…」

佐々山の運命を変えた標本事件。

犯した罪に見合う罰を求めてもがいた歳月は、俺の背中へ重くのしかかっている。

ギノは無言で立ちつくしていたが、溜め息をついた後、俯き加減で呟いた。

「お前といい陽本といい、一係は飼い主の命令なんて聞きもしない凶暴な猟犬ばかりだ」

「…陽本が?」

「とてもじゃないが手に負えない」

なぜこのタイミングで陽本の名前が出てくるのか。

疑問を投げかける前に、ギノは躊躇うことなく話を続けた。

「定期検診の結果を見る限り、陽本の犯罪係数がここ最近安定しない」

「悪化してるのか」

「今のところ業務や日常生活に支障はないが、犯罪係数は上昇傾向にある」

「…そうか」

「執行官は自己管理ができない連中ばかりだ」

そう言い捨てたギノは、どこか悲しげな目をした。

ギノも本来、仲間思いな人間だ。

厚生省のキャリアを積むために冷酷な決断を迫られることもあるが、基本的には残酷な選択を避ける習性がある。

三年前の標本事件の直後も、俺ほどではないが犯罪係数が上昇し、その後しばらくは頻繁にセラピーへ通ったらしい。

執行官と異なり、己の身を守らなくてはならないのが監視官だ。

そのため飼い犬との関係に強固な壁を作るギノの考え方は間違っていないし、むしろ当然の務めだと評価すべきだろう。

ギノにはギノの、厚生省キャリアを目指す監視官としての人生がある。

俺のように取り返しのつかないところまで堕ちたわけじゃない。

それでも、ギノは未だに犯罪係数の回復見込みなしと見なされた俺や陽本を案じては色相を濁らせている。

仕事だからと割り切ることもできない、不器用で真面目なやつだ。

「その話は本人にもしたのか?」

「注意するよう促したが、あの調子だと無駄だろう」

胸の内をさらけ出して気分が収まってきたのか、ギノは眉間に皺を残したまま背中を向けた。

「…俺は仕事に戻る」

「ギノ」

「何だ」

「お前には感謝してる」

「急にどうした」

「陽本がここにいられるのは、ギノのおかげだ」

「…別に特別なことをしたわけじゃない。執行官の適性判定を本人が受け入れただけだ」

言葉足らずな監視官は、不機嫌そうに吐き捨てつつ部屋から出ていく。





三年前のギノはきっちりと動いてくれた。

佐々山と俺のため、そして何より陽本のために。









   
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