special thanks 2

□純白と黒猫のワルツ
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騙されたふりをして、一人踊る生のワルツ。










喧騒が遠ざかる夜更けは、静寂が遥か彼方で微かに響く。

耳鳴りにも似たそれを誤魔化すように歩けば、革靴は小気味いい音を刻んだ。

色街が近いとはいえ、裏路地に入ってしまえば周囲に人の気配はない。

夜空に浮かぶ満月は薄い雲に覆われていたが、闇に慣れたこの目は特別不自由さも感じなかった。

溜まった事務処理は片付く目処さえ立たず、おまけにうっかり煙草を切らしてしまったのがつい先程のこと。

気分転換も兼ねて煙草を買いに出かければ、眠気は徐々に覚めてくる。

珍しく穏やかな夜で、これなら屯所に戻ってもう一仕事できる、そう思ったのも束の間だった。

裏路地の角を曲がりかけたところで、嫌な音を耳にする。

あれは現場でよく聞く、息絶えかけた人間の呻き声と吐息だ。

「…斬り合いか」

今夜この辺りを見廻る隊士はいないので、攘夷浪士の揉め事か何かだろう。

そんな憶測を頭の片隅に浮かべつつ、興味本位で物陰から争い事を覗いてみる。

雲に隠れていた月が姿を見せ始めたせいで、視界はさっきより僅かに明るくなった。

見た目から言えば、連中は攘夷浪士で間違いない。

複数でたった一人に斬りかかっているが、おそらく女であろうソイツは浪士共を難なく斬り捨てていく。

白い布地に金糸の刺繍は闇の中でも目立ち、無駄のない動きは俺が嫌う片眼鏡の男を連想させた。

「…なるほどな」

妙に納得がいった俺は煙草に火をつけ、その先の言葉を押し込めるようにフィルターを咥える。

辺りには血生臭さが充満しているが、夜風がこの空気も全て流してしまうだろう。

やがて女は息切れもしないまま、刀を丁寧に鞘へと収めた。

背丈は普通の女と変わらないのに、凛とした佇まいは異質な雰囲気を放っている。

コイツが誰なのかわかったのは制服のせいではなく、刀の冷たさと鋭さを全身で体現しているからに違いない。

煙草の煙を味わいつつ吐き出せば、女は振り向き様に俺と目を合わせた。

黙っていればいくらか可愛げもある顔だが、地面に倒れている浪士共を一人で手にかけたという事実は隠しようがない。

もっとも、コイツは怪物だの化物だのと謳われる上司の下で働いているので当然と言えば当然だ。

上着の裾は夜風に煽られ小刻みにはためいたが、天使の羽には程遠い。

さらさらと靡く黒髪、返り血一つ浴びていない滑らかな頬、純白の制服を着こなす華奢な身体。



見廻組一番隊隊長、それが女の立ち位置だ。







「こんな時間に見廻りですか?真選組副長さん」

「アンタと違って俺達はそこまで熱心に働いてねェよ」

「嘘ばっかり」

目元に疲れが出てますよ、と柔らかく笑う女は一歩ずつ間合いを詰める。

抜刀すれば丁度俺の首元に切っ先があてがわれるような場所で立ち止まるあたり、コイツも大概嘘がつけないヤツだ。

月明かりに照らされた女はぞっとするほど綺麗で、こんな状況でなければ口説く輩もいるだろう。

「てっきりテメェらは汚れ仕事を好まないと思ってたが…」

「それは局長だけです。あの人の制服に染みを作ってはいけませんから」

「同感だ」

「…何人斬り捨てても、浮き世はそう簡単に変わらないものですね」

女は目を細めて溜め息をつき、困った表情をしてみせた。

俺もコイツもそれぞれ慕うものがあり、それに対して忠実に生きている。

そういう意味では互いを理解し合えそうなのに、思想がそれを許さない。

案の定、女は笑顔のままごく自然に刀をかざした。

「今日の最後に付き合ってもらえませんか?」

「…地獄巡りでいいなら構わねェが」

「相変わらず余裕じゃないですか」

「オマエもな」

俺が刀を抜かない以上、コイツは無闇に相手を斬ったりしない。

そう知っていたからこそ、俺は刀を鞘から抜かずに煙草を吸い続けた。

コイツが怪物でも化物でもないとしたら、理性があるという一点に尽きる。

変わった女。

己の信念を怪物に捧げ、いつでも笑っていられる人間。







互いが相手の一手を読み合い、いつでも行動に移す準備ができている。

必要なのはきっかけだ。

煙草の灰が地面に落ちる、その刹那。

俺は紙一重のところで切っ先をかわし、同時に抜刀して女の太刀筋を受け止めた。

「アンタも物好きだな…っ」

「副長さんには敵いません」

不利な体勢から半ば無理矢理刀を構えたので、全身の筋が強ばって動きにくい。

細い身体のどこにそんな力があるのか不思議になるほど、女は体勢を崩さなかった。

一歩後ろに引けば、すかさず女の刀は俺の刀を追ってくる。

呼吸すらままならないほどの手合せは、命を賭けなければとても切り抜けられそうにない。

それでも、俺とコイツはこうして顔を合わせる度に刀を抜く。

白と黒を重ねては、決して交わらない生き様を互いに確かめあうかのように。





次の息継ぎで勝負が決まる、そう感じたときだった。

「っ、」

歯を食いしばり、刀を振り下ろした先は女の喉元。

そして俺もまた、首筋に女の刀を向けられていた。

睨み合うでもなく、ただ次を待っては黙り込む。

そんなとき、ふいに携帯の着信音が鳴り響き、生温い均衡状態は呆気なく破られてしまう。

「…出ないのか」

「出てほしいですか?」

「出なくても相手はわかるだろ」

顎で胸元を軽く指してやれば、ソイツは刀を構えたまま片手で携帯の着信音を止めた。

「帰りが遅いってか」

「そんなところです。検分役の到着が遅れているので、しばらくはあなたと仲良くできそうだったのですが」

「仲良く…な」

切っ先をかわした俺は、片腕を伸ばして女の手首を掴んでみる。

刀を手にしたままのソイツは一瞬目の色を変えたが、特に驚くでもなくにこにこと笑っていた。

その眼差しが向けられているのは、女の前に存在する俺ではない。

わかっているとはいえ、今更苛立ってしまうのはなぜなのか。

何とも言いにくい感情を喉の奥に溜め込み、ソイツの耳元で煙草の煙と一緒に吐き出してみれば、女は僅かに後ずさりした。

「次は本気で来いよ」

「副長さんこそ」

手を離せば、ソイツは躊躇いなく俺に無防備な後ろ姿を見せたまま駆け出していく。

その先で待っているのは、エリートを名乗るいけ好かない男だ。

見廻組局長、佐々木異三郎。

あの男のために、女は刀を振るって笑い続ける。

目の前にいる敵なんざ、最初から眼中に入っていない。

骸を積み上げた先にだけ、女の求めるものが待っている。

局長以外のものは全て通過点に過ぎない、一番隊隊長とはそういう役職だ。







「…クソ、」

腹の底から沸き上がる思いを意識しているからこそ、己の陳腐さに反吐が出る。

女の背中を見送った俺は煙草を地面へ落とし、革靴の裏で踏み潰した。

つまらない雑念を煙草の火と共にかき消したいのに、俺を見下ろす月はそれすら許さず、雲間から煌々と光を注ぎ込んでくる。

見廻組と真選組、女と男、白と黒。

数奇な戯れに終止符が打たれるのはいつなのか。

果てすら見えない関係をなぞらえるため、新しい煙草に火をつけ、煙の苦みを舌先で転がしてみる。

埋められない孤独から逃れるワルツを想像しながら、俺は何かを捕まえるため足早に歩き始めた。










Fin


   


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