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□一年後の白黒サンタの物語
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【白サンタのおはなし】





子供には玩具を、大人には魔法を。

サンタクロースは寝ている間にやってくる。





空は高く、星は遠く、凛とした空気がどこまでも澄み渡っている真夜中。

宙に浮かべた吐息はすぐに白く濁り、北風に押し流されていく。

冬至が過ぎたばかりの今日は日暮れも早く、夜は長い。

コートを羽織っているが、この時間帯ならではの容赦ない冷え込みが身に凍みる。

「…寒ィし眠いし、疲れたぞコノヤロー。」

なけなしの力を振り絞り小声で叫んでみても、返事はない。





他人の誕生日に、皆でチキンを食べてケーキを囲む。

人の多いところでは不自然なほどのイルミネーションと男女が溢れ、それを見る度に溜め息を堪える羽目になった。

楽しげに盛り上がるカップルを目にしても、最早羨ましがるだけの気力すら残っていない。

駅からタクシーに乗ってしまおうと挙げかけた手を引っ込めたのは、今日はまだ食事らしい食事をしていないと気づいたからだ。

かといって外食をする気分でもなく、空腹を満たしたら一刻も早く寝たい俺の強い味方は、アパート近くのコンビニだった。

クリスマス用のオードブルと賞味期限が迫ったケーキが投げ売りされ、サンタクロース姿の店員は空元気を見せつけてくれる。

当たり前だが、このイベントに振り回されているのは俺だけじゃないらしい。

そう思うと、ほんの少しだけ救われた思いになってしまうのは自虐的だろうか。

折れそうな心を奮い立たせてケーキの箱を手にしたが、気分は全く高揚しない。

結局ケーキは買わずに、肉まんを食べながらとぼとぼと裏路地を歩けば、ちょうど一年前の出来事が思い出された。





就職先の会社は洋菓子店を何店舗か経営している。

当然この時期はとんでもなく忙しくて、よく死者が出ないものだと思いながら洗礼を浴びたのが社会人一年目、去年の俺だ。

今年は要領を得た分ますますこき使われ、ここ一ヶ月は休みもなく、アイツとも連絡を取れていない。

俺と同じくらい多忙を極めているであろう、洋菓子店の女パティシエにすら。





このご時世、連絡を取るのは簡単だ。

メールを送るなら一行でもいいし、電話で他愛ないことを数分話すだけだっていい。

だが、アイツはもう新米パティシエではなく、焼菓子担当というポジションに就いてしまった。

生菓子担当になるのはまだ先だろうが、大切なクリスマスの戦力であることには変わりない。

俺もデパ地下や店頭販売、お得意先回りに新規店舗の計画まで幅広く仕事を任せられている。

一年前と立場が違うだけで携帯の通話ボタンは安易に押せないし、閉店後の厨房に行くのも躊躇われてしまった。

おまけに、俺もアイツも色恋沙汰には適当なのだろう。

付き合っているのか、恋人なのかという確認もしないまま月日だけが過ぎていく。

その代償がまさに今、目の前に突き付けられていた。

「…ダメだ、思い出せねェ。」

いざ言葉にしてみると、想像していたよりも深刻さが増す。

裏通りはイルミネーションもなく、時折街灯がぼんやりと俺の足元を照らしている程度で、浮かれたムードなどどこにもない。

携帯の液晶画面に触れてみるが、アイツの着信履歴も俺からの発信履歴も見つからず、メールは一ヶ月前で途切れていた。

時々食事をしたり、俺の部屋に泊まったりしたアイツとはどんな話をしていたのか。

そういうことがかなり曖昧にしか思い出せなくなっていた。







やがてアパートの前まで辿り着いてしまった俺は、部屋の窓を見て再び肩を落とす羽目になる。

俺の部屋に明かりはない。

アイツに合い鍵を渡しているわけではないが、鍵をなくしがちな俺は年中合い鍵をポストに隠している。

勿論それはアイツも知っているはずだが、アイツが合い鍵を使って俺の部屋に入っていたことはない。

身体を重ねるときはあんなに乱れるのに、そういうところでは決して甘えないヤツだ。

二人きりでいるときも敬語で話すし、俺のことは未だに坂田さんと呼ぶ。

そんなつまらないことで、こんなにも不安になるなんて俺らしくない。

「…アホらし。」

本当はアイツの作ったケーキを食いたくて仕方ないが、商売柄それも叶わない。

理解して諦めているからこそ、こんなにも鳩尾の辺りがむかついてしまうのだろう。

さっきまで早く帰りたい一心で歩いていたのに、今は階段を上るのすら億劫だった。

一刻も早く寝てしまおう。

余計なことを考えないように、早く、深く。

そう誓いながら部屋の前まで這うような思いで歩き、鍵を差し込んでみたものの、ドアは開かない。

「…閉め忘れか?」

疲れ切って頭はロクに働かないが、もう一度鍵を開けてみると、暗い玄関が俺を迎え入れてくれる。

革靴とコートを脱ぎ捨て、ネクタイを緩めつつ、ワイシャツ姿のまま寝てしまおうとベッドの掛布団に手を伸ばしたときだった。

指先からふわりと流れ込んできたのは、柔らかな温もりで。



「…おい?」



そこには小さく身体を丸めた格好で、ソイツがいた。

仕事帰りなのだろう、穿き古したデニムに薄手のニットを着たまま、気持ちよさげな顔で眠っている。

やがてソイツは僅かに目を開け、呆然としている俺を見上げた。

「おかえりなさい、」

「…オマエ何で」

「ポストの合い鍵使いました。」

「いや、そうじゃなくて」

「最近泊まり込みが多くて、暖かいところで寝たかったんです。」

寝惚けているのか、コイツは独り言のようにぼそぼそと喋った。

枕に顔を押しつけて話しているので少々聞き取りにくいが、雰囲気はどこか寂しげな気がする。

呆気に取られた俺を前に、コイツは上半身だけ起こして、目元をこすりながら訴えた。

「今夜はここで寝てもいいですか?」

「…今夜だけじゃなくて、いつでもここで寝ろよ。」

「嫌です。」

「は?」

「朝、起きたくなくなっちゃうじゃないですか。」

そう言い残して、また俺のベッドへと遠慮なく身体を沈めてしまった。

どうやら俺もコイツも相当甘え下手らしい。

緩めたネクタイを床に投げ、ベルトとワイシャツのボタンを外し、ベッドに入る準備をする。

サンタクロースは寝ている間にやってくるというのは、子供向けの話なのかもしれない。

大人になると、サンタクロースは不在の間にやってくるのだ。





「…明日だけは起こしてやるよ。」

朝の俺は凄いから覚悟しとけとソイツの耳元で囁き、ベッドの中に滑り込む。

俺の身体の冷たさに一瞬震えたコイツは、ぐいぐいと俺の胸元に旋毛を押しつけて、再び寝息を立て始めた。

その呼吸に俺の呼吸を合わせると、あっという間に闇のほうへと引きずり込まれる。

サンタクロースがこんな大人二人を目にしたなら、どう思うだろうか。

全身がケーキの匂いに染まり果てたコイツに鼻を近づけ、甘い香りを味わってみる。

ここにあるのはケーキでもプレゼントでもない。

冷えた身体を温める熱と、ささやかな幸せだ。







窓の外は暗く、朝日が夜明けを連れてくるのはもう少し後のことだろう。

二人でこうして丸くなるだけの平凡な夜。

そんなクリスマスも悪くないのかもしれないと思いながら、俺はコイツと身体を絡ませ合って目を閉じた。










Fin



白の君には、闇を照らす光を。

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