clapping

□シューティングスター
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【シューティングスター】





流れた先で手にしたものは。










空は高く、月も星も白く儚い。

夜風は次の季節を急かすように、わしの背中を冷たく撫でる。

地球はいい。

好きなときに好きなところへ歩いていける自由さが、どこにでも転がっている。



「すっかり寒くなったの。」

コートを着ても足元は下駄を履くわしにとって、夜更けが冷え込む季節は正直しんどい。

指先がかじかむと体温が下がるのも時間の問題で、それは今も例外ではなかった。

すぐ目の前に店の裏口があり、扉の向こうは煌びやかな世界が広がっている。

蛍光灯で派手に彩られた看板とは対照的に、裏口近くの使い古されたゴミ箱や塗装のはがれかけた壁は現実を思い出させた。

表と裏でここまで違うものなのかと妙に感心しながら、パトカーの前でぼんやりと立ちつくす。

本当は後部座席で待つようにと指示されていたが、見事な月と星に惚れ込んでしまったので仕方ない。

店で飲んだ酒はさほど強くなかったが、長旅続きで疲労困憊気味のわしが酔うには十分な代物だった。

泥酔した挙句、体内に残っているものを全て吐き出した今、まだ怠さが残るもののようやく頭が冴えてくる。

パトカーを運転していた人物は到着早々、頭を下げに行ってしまった。

「ほんに大変な仕事じゃき。」

「誰のせいだと思ってるんですか。」

ふいに後ろから聞こえた声は低く、お世辞にも可愛げがあるとは言えない。

それでもわしは、嘘のないその響きがたまらなく好きだった。

「車の中に入っててくださいって言いましたよね?」

「この時期の夜空は格別ぜよ、おんしも見んか?」

「見ません。」

わしの誘いをきっぱりと断る彼女は、真選組の女隊士だ。

職場の人間は男ばかり、相手となる輩もむさ苦しい連中が殆どで、激務続きのサービス業。

そんな環境でも根を上げずに働き続ける生真面目さは、非常に興味深いものだった。

「最近すまいるからの苦情が少なくなって安心してたところなんです。もうお店に頭上がらなくて…。」

ただでなくても張り込みに協力してもらったり、裏の情報を流してくれたりで助けてもらっているのにと彼女は嘆いた。

彼女には、真選組隊士としての傲慢さが欠片ほどもない。

そんな彼女が、この店までわしを迎えに来るようになったのはいつの頃からか。

正確に言えば迎えではなく仕事の一環に過ぎないが、彼女の働きぶりを見れるならそれも悪くないとさえ思っている。

わしも相当物好きだ。

「大体、坂本さんはお酒に弱いんですよね?」

「まぁ…強くはないの。」

「それなら飲み過ぎないでください。」

「美人の隣なら、つまみなしでも飲めるんが男ぜよ。」

もっともらしい理屈を軽々しく並べると、彼女は途端に押し黙ってしまった。

冗談の通じない性格というわけではないが、仕事に対して融通が利かない。

難儀な生き方をしながら武装警察という物騒なところで働けば、辛いこともさぞ多いだろう。

組織の中で生活する上で、ある意味必要なのは諦めの心なのに、彼女はその要素が他人よりも若干薄い。

現に、毎回こうして酔っ払いのわしの話し相手になってくれる。

その誠実さ故に、酔いが醒めてしまうこともしばしばあった。





「とにかく中に入ってください。」

「外の空気は好かんか?」

「寒いんですよ。」

彼女は文句を言いつつ、隊服のポケットから缶コーヒーを二つ取り出した。

「飲みますか?」

「勿論。」

即答すると、わしの掌に缶コーヒーが押し付けられる。

指先はすぐに温まり、疲れ切っていた心に熱がじわじわと浸み込んでいくようだった。

「明日は雪かもしれんのぉ。」

「一言多いです。」

珍しいこともあるものだと冗談を言えば、彼女は呆れたような目でわしを眺め、コーヒーを飲み始めた。

鼻を近づけても、熱い液体から豆の香ばしさは感じ取れない。

代わりに甘ったるい砂糖とミルクの匂いがしたが、特に気にせずコーヒーを口にする。

身体の芯から温まるには程遠いが、束の間の休息に相応しい心地よさは得られそうだった。

夜空を見上げるでもなく、パトカーの前で立ったままコーヒーを飲む二人は傍から見れば滑稽だろう。

だが、秋の夜長と物悲しさを噛みしめていられるだけで、わしは十分幸せだった。





「…陸奥さん、遅いですね。」

「そろそろ来るじゃろ。コーヒー、うまかったぜよ。今度何か宇宙の土産でも、」

「気にしないでください。」

「おんしが思ってるよりは、宇宙の食べ物も案外」

「そうじゃなくて、」

話を無理矢理止められ、わしは少々呆気にとられたまま隣に立っている彼女の顔を覗き込む。

彼女は少々俯いて、手元の缶を見つめながら言葉を付け加えた。

「もう日付も変わりましたし、そういう日ですから。」

そういう日。

わしが首を傾げていると、今日は十五日ですから、と小さな声が漏れてくる。

闇に紛れてしまい、彼女の耳の色は見えないが、きっと赤く染まっているはずだ。



今日は何の日なのか、何故こんな味なのか。



「…甘いのはそのせいか。」

尋ねるでもなく独り言めいた話し方をすれば、彼女はますます下を向いた。

常に凛としていて、背筋は見事なまでに伸びているのに、今夜だけはいつもと違う。

わしにとって、今夜が特別な晩であるのと同じように。







やがて、船が空の高い所から迷いなくこちらに近づいてくる。

ちかちかとわしを咎めるように照らされるライトは、星の瞬きにも似ていた。

まだ掌は温かく、それは彼女も同じだろう。

こんな夜更けまで働く彼女の身体を温めてやれるなんて、缶コーヒーはわしより優秀なのかもしれない。

たとえ一時でも、この空き缶に勝りたい。

今からまた遥か彼方へ旅立つわしができることは何なのか。

「気をつけて帰ってくださいね。あとはお酒にも注意して…、」

いつのまにか彼女の表情は真選組隊士の顔に戻っている。

そんな彼女を少しでも温めてやりたくて、わしはそっと背後に回った。

「…坂本さん?」

彼女が振り向くより早く、その華奢な背中に脱いだばかりのわしのコートを羽織らせれば、彼女は一層目を見開く。

「これからますます冷えるじゃろ。」

酔いが醒めてしまった今は気の利いた言葉も言えないが、コートに残るわしの熱が彼女を温めてくれるならそれでいい。

「あの、」

「また来るぜよ。」

あのコートはわしのお気に入りだ。

次に地球に降り立つときはもっと寒いはずで、そうなればコートを求めずにはいられない。

わしのコートから彼女の体温を感じられるようにと、ささやかな願いを込めて。







「…さて、次の休みはいつかのう。」

星に追われるようにして、一人船へと歩いていく。

十五日は始まったばかりで、今日も一日仕事の予定ばかり詰まっている。

船に帰れば陸奥に叱咤され、地球から遠いところで働く日々。

それでも銀河に数ある星の中から地球を見つけ出そうとするのは、この星が愛しいものを沢山抱えているからだ。



「まっこと、いい夜ぜよ。」

遥か彼方で瞬く星たちが、わしのちっぽけな願いを盗み見ては笑っている。

夜空に走る光を捕まえるため、わしは手をかざして天を仰いだ。










Fin



Happy birthday to our president!!






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