【有限ノスタルジア】 誰もが今を生きている。 終わりを背負い、始まりを抱いて。 後ろから急かすように、色濃い夕日が迫りくる。 川沿いに咲く彼岸花や蜻蛉といい、この目に留まるものは赤ばかりで、目の色まで染まってしまいそうだった。 俺の知っている赤は、ここにあるものとは違う。 もっと色のないところで、くすんだ赤が泥にまみれて散らばっている。 赤とは生臭くてぬるいものだと、今まで信じて疑わなかった。 終わりから終わりへと、骸を糧に生きる日々。 どうしてそこまでして生きようとしていたのかはわからない。 ただ漠然と、食っていくために刀を握っていた。 あのひとの手を取ってから、どれくらい経ったのか。 相変わらず髪は白いままの俺は、夕陽が沈みゆく中、寺小屋へ帰る道のりを一人歩いていた。 皆は随分先へと行ってしまって姿も見えない。 埃っぽい畔道に少々うんざりしながら歩いていると、俺の影がそのひとの足元に重なった。 見上げると、そのひとは目を細めて俺の頭を撫でる。 それはとても心地いいもので、くすぐったい気分になった。 「全然熱くないですね。」 「…先生?」 「燃えているように綺麗な色をしてますよ。」 差し出された手は女みたいに細いのに、俺の手をしっかりと包み込む。 手を引かれて歩くなんて好きじゃないのに、このひとと一緒に歩くときは何故か拒む気にもならなかった。 「…髪は燃えない。」 どう答えたらいいのかわからなかった俺は、つまらなそうに一言呟く。 本当にめでたい大人だと思う。 戦場で俺を拾って、ガキを集めて、腹の足しにもならない学問を教えて。 このひとは一体何がしたいんだろう。 「それで、今日はどうしたんですか?」 先生はぼんやりとしているようで、小さな異変を見逃さない。 例えば今、俺が微妙に俯き加減になってしまっていることも。 「先生の誕生日は?」 「どうしたんですか、急に。」 「皆が誕生日の話をしてた。…俺はそんなの知らないから。」 誕生日がわからなくても生きていけるけれど、さっき皆が誕生日のことを楽しそうに話しているのを見て思った。 誕生日は、どうやら楽しみにしたり喜んだりするものらしい。 先生は一瞬間を空けて、穏やかに答えをくれた。 「忘れない日がいいですよ。」 「…は?」 「誕生日なんて、歳を取るほど慣れて忘れがちになるものです。だから銀時が絶対に忘れない日にしましょう。」 そう言って口元に笑みを浮かべた先生は、いつもと変わらない優しい声をしていた。 怒ったり悲しんだり、そういう類の感情を見せない大人。 そのくせ心の深いところに強いものを隠し持っていて、それは誰にも曲げられないひと。 「決まったら教えてくださいね。」 いつにしようか、いつなら忘れられないか。 そんなことを考える暇もなく、やがて世界は赤く染まり果てた。 先生の背中。 小指の約束。 失ったものを取り戻そうと、滑稽なほど必死になって。 生にすがり得た末路は、あまりにも残酷なものだった。 「探したぞ、銀時。」 赤い世界から程遠い、深い闇が広がっているところで瞼を開く。 白い羽織には染みもできていたし、硝煙や血生臭さも多少残っていた。 古びた寺の屋根は、所々瓦が割れてしまっている。 夜更けになれば月明かりしか光がないせいで、何度転びそうになったかわからない。 それでも俺は、毎晩必ず屋根に上っていた。 誰より早く夜襲を発見できるという適当な理由をつけて、冷たい瓦の上に寝転がる。 ここからは星がよく見える、それ以外に理由はない。 俺の方へと近づいてきたヅラの顔をさりげなく盗み見れば、幼い日の面影は確かにあるのに、眉間の皺が歳月を感じさせた。 たった一人の命を救おうと始めた争いは、数えきれない命と引き換えに最も惨い結末を迎えた。 先生はもういない。 皆で歩くことも二度とない。 この手で先生の最期を弔えただけマシだという俺の見解は、誰の同意も得られそうになかった。 「…オマエはこれからどうする?」 「さァな。」 結局俺は、あの人に誕生日も教えていない。 「…俺の、」 歳を取るほど慣れていくのは数多の別離と、それから。 「誕生日」 「何だ?」 「ヅラよォ、俺の誕生日って知ってるか?」 「知らんな。」 聞いたことがない、とヅラは冗談の通じない顔で真面目に言い切った。 その袴にも赤黒い染みが無数に散りばめられていて、現実に引き戻される。 「十月十日だ、覚えとけ。」 「…銀時、」 日頃空気を読まないヅラにしては珍しく、その後は言葉を続けず俺の隣で黙り込んだ。 下からは高杉が屋根の上を睨んでいる気配もする。 ガキだった俺が生きようとした理由も、護るべきものを失った俺がここに存在する理由も。 本当は何一つ意味なんて持たないのに、それでも俺はしぶとく生きている。 泥臭く情けなく、誕生日を忘れずに。 「銀さん、起きてください」 「早くするアルね」 「んー…なんだ、オマエら」 見慣れた天井は低く、安物のソファーは背中を痛めた。 赤でも黒でもない世界で、揺さぶられるようにして起きる。 下でババァがメシを作って待っている、新八と神楽はそう話しながら玄関へと向かっていった。 そんなうまい話があるわけないと思いながら壁のカレンダーを見て、ふと気づく。 薄汚い床、散らかった机、甲高い声が煩いガキ共。 これが俺の世界で、今日は俺の。 「アンタの言う通り、忘れねェ日にして正解だな。」 ソファーから起き上がって頭をかきむしれば、ふいにその温もりを思い出す。 先生の終わりを俺の始まりとしたあの日は今日まで続いた。 くだらない毎日は、ずっと先にある俺の終着点まで何度でも繰り返される。 今はそれが、何よりも愛しくてたまらない。 立ち上がって踏み出す足は、夕陽を浴びて畔道を歩いた頃よりも、もうずっと大きくなっていた。 Fin Happy Birthday to our hero!! |