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□有限ノスタルジア
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【有限ノスタルジア】





誰もが今を生きている。

終わりを背負い、始まりを抱いて。










後ろから急かすように、色濃い夕日が迫りくる。

川沿いに咲く彼岸花や蜻蛉といい、この目に留まるものは赤ばかりで、目の色まで染まってしまいそうだった。

俺の知っている赤は、ここにあるものとは違う。

もっと色のないところで、くすんだ赤が泥にまみれて散らばっている。

赤とは生臭くてぬるいものだと、今まで信じて疑わなかった。

終わりから終わりへと、骸を糧に生きる日々。

どうしてそこまでして生きようとしていたのかはわからない。

ただ漠然と、食っていくために刀を握っていた。







あのひとの手を取ってから、どれくらい経ったのか。

相変わらず髪は白いままの俺は、夕陽が沈みゆく中、寺小屋へ帰る道のりを一人歩いていた。

皆は随分先へと行ってしまって姿も見えない。

埃っぽい畔道に少々うんざりしながら歩いていると、俺の影がそのひとの足元に重なった。

見上げると、そのひとは目を細めて俺の頭を撫でる。

それはとても心地いいもので、くすぐったい気分になった。

「全然熱くないですね。」

「…先生?」

「燃えているように綺麗な色をしてますよ。」

差し出された手は女みたいに細いのに、俺の手をしっかりと包み込む。

手を引かれて歩くなんて好きじゃないのに、このひとと一緒に歩くときは何故か拒む気にもならなかった。

「…髪は燃えない。」

どう答えたらいいのかわからなかった俺は、つまらなそうに一言呟く。

本当にめでたい大人だと思う。

戦場で俺を拾って、ガキを集めて、腹の足しにもならない学問を教えて。

このひとは一体何がしたいんだろう。



「それで、今日はどうしたんですか?」

先生はぼんやりとしているようで、小さな異変を見逃さない。

例えば今、俺が微妙に俯き加減になってしまっていることも。

「先生の誕生日は?」

「どうしたんですか、急に。」

「皆が誕生日の話をしてた。…俺はそんなの知らないから。」

誕生日がわからなくても生きていけるけれど、さっき皆が誕生日のことを楽しそうに話しているのを見て思った。

誕生日は、どうやら楽しみにしたり喜んだりするものらしい。

先生は一瞬間を空けて、穏やかに答えをくれた。

「忘れない日がいいですよ。」

「…は?」

「誕生日なんて、歳を取るほど慣れて忘れがちになるものです。だから銀時が絶対に忘れない日にしましょう。」

そう言って口元に笑みを浮かべた先生は、いつもと変わらない優しい声をしていた。

怒ったり悲しんだり、そういう類の感情を見せない大人。

そのくせ心の深いところに強いものを隠し持っていて、それは誰にも曲げられないひと。

「決まったら教えてくださいね。」

いつにしようか、いつなら忘れられないか。

そんなことを考える暇もなく、やがて世界は赤く染まり果てた。



先生の背中。

小指の約束。

失ったものを取り戻そうと、滑稽なほど必死になって。

生にすがり得た末路は、あまりにも残酷なものだった。







「探したぞ、銀時。」

赤い世界から程遠い、深い闇が広がっているところで瞼を開く。

白い羽織には染みもできていたし、硝煙や血生臭さも多少残っていた。

古びた寺の屋根は、所々瓦が割れてしまっている。

夜更けになれば月明かりしか光がないせいで、何度転びそうになったかわからない。

それでも俺は、毎晩必ず屋根に上っていた。

誰より早く夜襲を発見できるという適当な理由をつけて、冷たい瓦の上に寝転がる。

ここからは星がよく見える、それ以外に理由はない。

俺の方へと近づいてきたヅラの顔をさりげなく盗み見れば、幼い日の面影は確かにあるのに、眉間の皺が歳月を感じさせた。

たった一人の命を救おうと始めた争いは、数えきれない命と引き換えに最も惨い結末を迎えた。

先生はもういない。

皆で歩くことも二度とない。

この手で先生の最期を弔えただけマシだという俺の見解は、誰の同意も得られそうになかった。

「…オマエはこれからどうする?」

「さァな。」

結局俺は、あの人に誕生日も教えていない。

「…俺の、」



歳を取るほど慣れていくのは数多の別離と、それから。



「誕生日」

「何だ?」

「ヅラよォ、俺の誕生日って知ってるか?」

「知らんな。」

聞いたことがない、とヅラは冗談の通じない顔で真面目に言い切った。

その袴にも赤黒い染みが無数に散りばめられていて、現実に引き戻される。

「十月十日だ、覚えとけ。」

「…銀時、」

日頃空気を読まないヅラにしては珍しく、その後は言葉を続けず俺の隣で黙り込んだ。

下からは高杉が屋根の上を睨んでいる気配もする。

ガキだった俺が生きようとした理由も、護るべきものを失った俺がここに存在する理由も。

本当は何一つ意味なんて持たないのに、それでも俺はしぶとく生きている。

泥臭く情けなく、誕生日を忘れずに。







「銀さん、起きてください」

「早くするアルね」

「んー…なんだ、オマエら」

見慣れた天井は低く、安物のソファーは背中を痛めた。

赤でも黒でもない世界で、揺さぶられるようにして起きる。

下でババァがメシを作って待っている、新八と神楽はそう話しながら玄関へと向かっていった。

そんなうまい話があるわけないと思いながら壁のカレンダーを見て、ふと気づく。



薄汚い床、散らかった机、甲高い声が煩いガキ共。

これが俺の世界で、今日は俺の。





「アンタの言う通り、忘れねェ日にして正解だな。」

ソファーから起き上がって頭をかきむしれば、ふいにその温もりを思い出す。

先生の終わりを俺の始まりとしたあの日は今日まで続いた。

くだらない毎日は、ずっと先にある俺の終着点まで何度でも繰り返される。

今はそれが、何よりも愛しくてたまらない。





立ち上がって踏み出す足は、夕陽を浴びて畔道を歩いた頃よりも、もうずっと大きくなっていた。










Fin



Happy Birthday to our hero!!



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