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□4 Real
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【4 Real 〜Spring Ver.〜】





希望も絶望も存在しない、澱んだ世界を駆け抜ける。










闇深い夜空に瞬くのは、小さくとも強い光を放つ星。

それを包み込むように、満開となった山桜が視界を覆った。

淡い色の桜と、色の抜けた俺の髪。

どちらも白に近いはずなのに全く別の色に見えるのは、きっと俺が多くの憂いを知っているせいだ。



古寺の脇でひっそりと呼吸するのは、一本の桜の木。

いつ枯れ果ててもおかしくないほど幹がかさかさと剥げ落ちた老木に、最早生命力は感じられない。

それどころか、暗に俺達の行く末を示しているようだった。



「オマエはいーよな…っ。」

は、と息を切らしながら桜に話しかけるが返事はない。

年寄りらしく、真夜中である今は静かに眠っているのだろうか。

それでも昼間と変わらない咲き誇り方で花は咲き乱れ、今が見頃だと俺に訴えかけてくる。

枝に触れても、生の鼓動を耳にすることはできない。

白い羽織が汚れるのも気にせず、俺はその場に寝転がった。

既に埃と血に塗れているし、脳内はどす黒い争い事で埋め尽くされている。

夜空を見上げようとしたが桜が邪魔して、星まで手を伸ばせそうにない。

「…見えねェか。」

ぼそりと呟いた言葉は、乾燥した地面を伝ってどこかへ消えた。

古寺の堂内からも、人の気配は感じられない。

瞼を閉じ、孤独を通り越して無を覚える世界に一人漂う。





この上ない泥仕合が続いている攘夷戦争。

ただ漠然と刀を構える日々が続いていく。

昨日は生きた。

今日も生き延びている。

明日はどこでどんな目に遭うのか。

明後日には誰の命が燃え尽きるのか。

考えればきりがないことを思って不安がるのは、とうの昔に止めたはずだった。

「…先生、」

戦場で手を差し伸べ、子供だった俺をおぶってくれた人はもういない。

桜よりも呆気なく散ってしまった、あの人の命。



それでも、俺は生きている。

誰かの生を奪って、生きる。







「銀時」

呼ばれた声に反応し目を開ければ、鉢巻きと汚れた羽織姿のヅラが、片膝をつきしゃがみこんで俺をじっと見ていた。

気味悪いほど真面目な目つきは、漆黒の長髪によく似合っている。

「…戻ってたのか。」

「たった今な。」

「アイツらは?」

矢継ぎ早に尋ねながら、俺は上半身をゆっくりと起こした。

目立つ怪我こそしていないものの、身体はみしみしと唸っている。

一日中刀を振るい肉体労働をしていた結果が、今頃になって全身を支配していた。

ヅラは疲れた顔をしながらも、口元に笑みを浮かべる。

「二人は無事だ。」

その言葉は俺を宥めると同時に、落胆もさせた。

裏を返せば、部隊はまた全滅だったということだ。

「ここにもじきに追っ手が迫ってくるだろう。夜が明けてから、峠を越える。そこに応援の部隊が到着しているはずだ。」

ヅラは淡々と言葉を続け、視線を足元に落とす。

一体これが何度目の撤退なのかという話題には、いつからか互いに触れなくなっていた。

この戦いは生死を問わない終わりに向かって走っている。

結末は別離なのだろうということに、誰もが気づかないふりをしながら。





「ほれ、銀時。今夜は飲むぜよ。」

ふいに古寺の本堂から飛ばされた声は、さっぱりとしていて調子がいい。

否、それは絵に描いたような空元気だとわかっていた。

事切れていった仲間の姿をあんなにも目にすれば、生き残った者くらい元気を出さなければと無意識に思うのがコイツの性だろう。

「辰馬」

軽い口調と柔らかな表情の辰馬に、重苦しい鎖帷子は妙によく馴染んでいた。

『鎖帷子でもせんと、天パのわしを白夜叉と見間違える敵さんがおって、物騒で仕方ないからのぉ。』

いつの日だったか格好の所以を本人が話していたことを、なんとなく思い出す。

「とっておきの酒を、こっそり隠しておいたき。」

本堂からこちらへと歩いてくる辰馬の両手には、一升瓶が抱えられている。

「そんなにどーすんだよ。」

つまみも何もねェじゃねーかとぼやけば、後ろから思いっきり頭を蹴られ、俺は前のめりになって倒れた。

「…ってェなオイ!」

後頭部を押さえながら後ろを向けば、案の定高杉が鼻で笑うかのような表情で俺を見下ろしている。

「白夜叉様よォ、そんなに下戸でどうすんだ。」

「テメェ…俺が白夜叉なんて恰好いい名前で呼ばれてるからって妬むんじゃねーよ。」

「阿呆が、」

悪態をつく高杉に再びどつかれ、俺の頭は砂埃を被った。

高杉の羽織は色が濃いので汚れや返り血は目立たないが、鉄の匂いが鼻を掠める。

これは俺といい勝負で、相当斬ってきたのだろう。

二人で本格的にもめようとしたところで

「銀時、高杉、いい加減にしろ。」

ヅラがいつも通り適当なところで俺達を止めに入る。

「そうじゃ、争いたいなら飲み比べでもしたらええ。」

辰馬はからからと笑い、俺達に盃を手渡してから桜の下で胡座をかいた。

「ほれ、これくらい飲めんようじゃ一人前にはなれんぜよ。」

人数分の盃になみなみと酒を注いだ辰馬は、笑い飛ばしながら俺を眺めている。

「今夜は夜桜が、酒の肴だな。」

ヅラはしみじみとそう言いながら、座り込んで杯を天へ掲げた。

高杉は無言で胡座をかき、天高いところにある何かを探す目をしていて。

何も言わなくても、高杉のこの顔の意味だけは瞬時にわかってしまう。

これは、俺達をどこかで見ているであろう先生の残像を求めるときの表情だ。







物言わない先生との別れ。

あのときから、随分遠いところまでやってきた。

大切なものを護れなくとも今日まで生きた俺が、ここで交わすのは約束でも誓いでもない。

生きていることをただ感じるためだけに酒があり、盃を酌み交わす仲間がいる。

こんな修羅に塗れた俺の人生が、遠い未来を微かに求めた。

いつの日か、鉄の匂いも埃っぽさも感じない心穏やかな場所で、コイツらと酒を呑み交わせる日が来るように。







俺も三人に続き、盃を天へと向けた。

夜風がさあっと吹き乱れ、盃から酒の雫がぽたぽたと落ちる。

桜の花びらがひらりと盃に舞い込んだ気配を感じながら、俺は声を出した。





「乾杯」










Fin


   

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