【4 Real 〜Winter Ver.〜】 駆け抜けた一年の終わりに、誰の隣で笑おうか。 静まり返った部屋の中で、時計の針だけが規則正しい音を立てている。 さっきまで暖房をつけていたが、空気が乾燥するので思いきって消してしまった。 こんなときこそ田舎から送られてきた半纏が役に立つ。 部屋着の上に半纏を羽織り、コタツの中へ入ってみれば、足先はじんわりと温まってきた。 しかし身体の芯はなかなか熱を持たない。 外はすっかり暗くなっていて、部屋の蛍光灯がやけに眩しく感じられてしまう。 目の前にはガスコンロと四人分の取り皿や箸が並べてあった。 鍋の蓋を開ければ、火をかける前の寄せ鍋の具がぎゅうぎゅうと詰め込まれている。 高級なブランド牛ですき焼きでも準備したほうがよかったのかもしれないが、生憎そんな金もない。 大体、無駄に贅沢なんてしていると寿命が縮んでしまう。 蕎麦のように質素なものを慎ましやかに食べて細々と長生きをする、それが俺の信念だ。 大掃除を済ませ、少し遠くの新鮮な魚や肉が揃うと評判のスーパーまで買い出しに行き、鍋の準備を終わらせたのが午後六時。 そこから二時間あまり、俺はコタツに入って三人が来るのをじっと待っていた。 悪びれることなく当たり前のように、いつも俺を待たせる同期三人を。 三人と知り合ったのは、中途採用の歓迎会の席だった。 白髪の天然パーマの男に、土佐弁でよく迷子になる男、いつも妙な笑みを浮かべながら色気をダダ漏れにしている男。 決して真面目には見えない三人と、飲み会の帰りにアパートまで歩く羽目になった夜。 寒さのあまり凍えそうになりながら、それぞれが好き勝手な話をしたのが昨日のことのように思い出された。 「…遅すぎる。」 怒りを込めた声で呟いても返事はなく、むしろ虚しさだけが一層増してしまう。 腹が減っているせいか、今夜はやたら感傷的になってしまった。 携帯の液晶画面を眺めてみるが、相変わらず着信履歴はない。 カップラーメンでも食べようかと思ったが、鍋の前にそんなもので腹を満たしてはならないと頬を叩いて気を引き締める。 背筋を伸ばしテレビをつけてみると、紅白では今年流行ったであろう歌が熱唱されていた。 どこかで聞き覚えがあると思い記憶を辿れば、四人で参加した秋頃の合コンで聞いた曲だと気づく。 あのときも確か、金曜の夜に居酒屋の個室を予約していたというのに、俺以外の三人は店に遅れて来た。 全員揃うまで女性陣の視線がどれだけ痛かったか、三人は一生わからないだろう。 勿論、俺が待ちぼうけを食らったのはそのときだけではない。 春の夜桜も、俺は残業を翌日に回してまで場所取りに徹したというのに、アイツらは日付が変わる頃になってようやく現れた。 しかも既にどこかで飲んできたのか酒臭く、ネクタイも締められていない有様で。 冷たいシートの上で、コートを羽織っているとはいえスーツ姿で寒い思いをしている俺を心配する素振りも見せない。 靴下を履いた爪先は、凍死したのではないのかというくらい感覚がなくなっていた。 夏の花火大会だってそうだ。 川岸で開催される花火大会はテレビ中継がされるほどの有名で、毎年何十万人と見物客がいる。 場所取りも相当大変なのに、アパートが近いというだけで三人は俺に席取りを任せてしまう。 そのせいで花火大会当日は昼間からシートに座り込み、熱中症になりかけた。 朦朧とする意識の中見た花火がどんなものか、当然全く覚えていない。 毎回そんな調子で、三人は俺を待たせている。 それは仕事でも同じで、外回りをすれば必ず遅刻する、客先で俺を待たせるのは日常茶飯事で、最早怒る気力もなくなっていた。 だが、そこまでされて待っている俺も大概だ。 連中は少々変わっているし、俺は三人に振り回されてばかりいるが、それでも何故か憎めなかった。 締め切りに間に合わなければ全員徹夜で働き、ミスをすれば共に頭を下げてくれる。 何より、三人と食べる昼飯や業後の酒はいつも美味く感じられた。 苦楽を共にしたと言えば大袈裟だが、情が湧いたのは事実だろう。 「…外でも見てみるか。」 億劫だと思いながらも何とか立ち上がり、ベランダに出てみれば、外は雪がちらつき始めていた。 こんな天気だと、三人は本当に来ないかもしれないと思い、ますますやるせなくなってくる。 大晦日に集まろうと最初に言い出したのは、白髪のアイツだ。 それに乗ったのはもう一人の天然パーマ、渋々一度だけ頷いたのは笑い方がやけに意味深なあの男。 そして俺は懲りずに連中の言葉を信じて、ここでこうして待っている。 コンロの火をつけられず、紅白を見てもどこか上の空になってしまうほど注意力散漫な状態で。 年越し蕎麦だって、今夜は鍋と酒だと三人が言い張るので買ってもいない。 腹はますます減り、冷凍庫に常備している蕎麦を食べてしまいそうな勢いだった。 「限界だ。」 一度蕎麦を思い浮かべてしまったら、もう食べるしかない。 鍋の中に綺麗に敷き詰められた鶏肉や魚介類、白菜と葱は今の俺にとって見るのも辛かった。 大量に買ってしまった鍋の材料を、明日からおせちも雑煮も食べずに一人で消化しなければならないのかと思うと切なくなってくる。 三が日には実家に帰ろうと予定していたのにと内心嘆きつつ冷凍庫を開け、凍った蕎麦の袋を手に取ったそのときだった。 突然チャイムが鳴り、思わず反応してしまう。 三人がここに遊びに来たことは何度かあったが、チャイムを鳴らしたことはない。 俺が鍵をかけないのをいいことに勝手に上がり込んで、コタツに入りぐうたらする。 だからこのチャイムは連中の仕業ではなく、きっとまた宅配ピザの配達間違えか何かだろう。 空腹が先立った俺は、冷凍蕎麦の袋を鷲掴みにしたまま、玄関へと向かった。 「大晦日に一体どちら様…」 ドアを開けて相手の顔も確認せずにまくし立てようとしたところで、チャイムを押した人物とふいに目があう。 「ヅラ」 「…銀時?」 玄関にいたのは、ビニール袋を片手に白い息を溢しながら突っ立っている白髪頭の男だった。 「これ、ビール。」 「本当に銀時か?」 「何言ってんだオマエ、とうとうボケたか?」 上がるぞ、と言いながら玄関に押し入り、勝手に靴を脱ぎ始める姿は間違いなく銀時だ。 髪は少し濡れて、首に巻いたマフラーには雪がついている。 雪に降られたのか、傘はないのかと言う前に、更に聞き慣れた声を耳にした。 「遅くなってすまんのぅ、ちぃと並んでしもうた。ほれ、大晦日はこれじゃろ?」 「坂本」 坂本も銀時と同じくらいコートを湿らせていて、老舗だと評判の蕎麦屋の紙袋を手にしている。 「四人分ある、後でおんしに茹でてもらいたくてな。」 「その前に酒だろ、」 坂本の話に割って入ってきたのは、一番来ないであろうと予想していた高杉だ。 「…オマエまで来たのか。」 「来ちゃ悪ィか。」 「いや…大晦日に集まるって話をしたとき、一番気乗りしてなさそうに見えたからな。」 「高杉が一番金のかかった差し入れ持ってきてんだぞー、見ろよこれ。」 そう言いながら既に部屋へ上がり込んだ銀時が、紙袋を高杉の手から取り上げる。 紙袋の中を覗けば、一目見てわかるほど有名な銘柄の日本酒があった。 巷ではなかなか手に入らないと言われている一升瓶はずしりと重く、存在感がある。 「…オマエら、」 俺がぼんやりしている間に、三人は次々にコタツに入った。 「とりあえず最初はビールだろ。お、寄せ鍋かー、たまんねェわ。」 「締めは年越し蕎麦で頼むぜよ。」 「後は除夜の鐘を聞きながら初詣だな、高杉を連れてきゃナンパもできるだろ。」 「…銀時テメェ、」 「あー、細かいことはいいからほら。」 まずは乾杯だ、と言わんばかりに銀時はビールの蓋を開け、坂本や高杉にも缶ビールを手渡して乾杯の準備をした。 ぼんやりしていたせいで、今度は俺が銀時や坂本、高杉を待たせてしまったらしい。 慌ててコタツに滑り込み、火がついたばかりの寄せ鍋を前にして、俺もビールを手に取った。 終わりゆく、くだらない日々。 始まるのは、ありふれた日々。 愛すべき仲間がいてこその今年で、来年もコイツらと一緒にいれば散々な目に遭うだろう。 それでもきっと、同じ結末を迎えるに違いない。 三人の隣で笑う。 信じて疑わないのは、目に見えない繋がりだ。 俺は笑みを噛み殺して、威勢よく声を上げた。 「乾杯」 Fin |