clapping

□re:Which do you like white or bitter?
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【re:bitter Ver.】



強請った分だけくれてやる。

欲だろうが、明日だろうが。







夜の帳はすっかり深くなり、澄んだ空には星が瞬いている。

背中を押すようにゆったりとした風が吹いたが、それは最早北風ではなく僅かに温ささえ感じられる。

冬特有の空の果てしなさは、もうすぐ味わえなくなるだろう。

賑やかな繁華街を抜けて、ひっそりとした路地裏を歩く。

タクシーに乗ってもいい距離だったが、酔いを醒ましながら夜道を歩きたいと言い出したのはコイツだった。



「おなかいっぱいではちきれそうです。土方さん、ごちそうさまでした。」

「オマエは本当によく食うな…」

「おいしいものなら沢山食べますよ!」

「いつも相当食ってるだろ。オマエに奢ると財布の中身がしんどいって、近藤さんが嘆いてたぞ。」



他愛のない会話は遠慮なく、闇に紛れながらぼそぼそと続く。

俺もコイツもスーツ姿にコートをまとい、仕事帰りに食事を楽しんだ余韻に浸っていた。

食事といっても、コイツが選んだのはこじんまりとした佇まいの居酒屋で。

豊富な酒の種類と家庭的なつまみがやたらうまく、腹は満たされ、互いにすこぶる気分がよかった。





二人分の足音が、アスファルトの上を滑りながら響いていく。

コイツは俺の半歩先を歩いていて、その距離の取り方も、縛られない感覚も嫌いではなかった。

SPなんてお堅い仕事をしているくらいだ、勤務時間外はこれくらい野放しのほうがコイツも気が楽なのだろう。

その自由奔放さとは裏腹に、任務中は必死に仕事をこなす。

無茶もするし生傷は絶えず、始末書は何枚書いたかわからない。

先輩である俺が尻拭いに頭を下げた回数なんざ、この夜空に散らばる星の数にも届くのではないかと思うほど。

それでもコイツの任務に対するひたむきな姿勢を見ていると、溜息をつきながらも最後まで付き合ってしまう俺がいて。



「それにしても、オマエも変わってるよな。」

「何がです?」

「いや…もっと小洒落た店を選ぶモンかと思ってた。」

「そんなの偏見ですよ。」



一か月前、バレンタインだと言われながらコイツに甘ったるいカフェモカを押しつけられ、その礼にと飲みに誘ったのが数日前。

ホワイトデーは過ぎていたが、激務続きの日々で仕事上がりの時間が一緒なのも、明日の休みが重なったのも奇跡的なことだった。

本来なら、お返しとして甘いモンや小物といった気の利いた何かを渡すべきなのだろう。

けれど、生憎俺はそんなものを渡して事を済ませるつもりはなかった。

単純にコイツに対する興味が湧いていて、好奇心から飲みに誘って今に至る。

疲れた大人にありがちな、安っぽくて気のおけない時間を過ごす。



「土方さん、誘ってくれてありがとうございます。」

ホワイトデーだなんて忙しさを理由に忘れてもよかったのに、と言いつつコイツはふいに立ち止まり、俺の顔を見上げた。

「こういうのを忘れると、女っつーのは何年も覚えてるからな。」

俺はいつもの習慣で胸ポケットの煙草に手を伸ばそうとする。

だが、歩き煙草なんざコイツが俺を責めるネタにしかならないことに気づき、慌てて手を引っ込めた。



「せっかくなので、最後に一つ、我儘を言ってもいいですか?」

「…あ?」

「ネクタイを締めてみたいです。土方さんのネクタイを締めたら、狙撃がうまくなるかなって。」

見た目には出ないが、コイツもそれなりには酔いが回っているらしい。

「別にかまわねェが…」

俺はネクタイを緩め、差し出された掌へと無造作に手渡す。

コイツはコートを脱ぎ、脇の下で抱えながら緋色のネクタイを受け取った。

けれど、コイツはネクタイを自身の首のあたりでもそもそとからめるだけで。

「…締め方わからねェならそう言えって。」

呆れながらも、俺はコイツの滑らかな首元に手を伸ばしてネクタイを結んでやる。

自分で結ぶのと要領が少し違って手早くはできなかったが、綺麗に結ぶことはできた。

俯いて俺の手つきをじっと見ていたコイツは、まじまじとネクタイを見てから俺に向かって礼を言う。



「ありがとうございます、似合いますか?」

「悪かねェ。」



白いワイシャツの胸元をしっかりと彩った形で、意外にもネクタイはよく似合っている。

もっとも、コイツが日頃からパンツスーツを好んでいるせいもあるだろうが、それにしても違和感はなかった。





ネクタイだの任務だの、思想や信念。

色んなものに日々拘束されているのに、コイツは枯れることを知らない。

そして、そんなヤツだからこそ、こんな不安定な毎日の中で目を惹くものを持ち合わせているのだろう。

コイツの全てを知ることができたなら、なんて欲を持つことは罪深いだろうか。





「そんなに気に入ったなら、やるよ。」

「え?」

「ホワイトデーってことでな。」

呆気に取られた顔のコイツはネクタイに触れようとしていたが、仕草を許すわけにはいかなかった。



「その代わり、使い方を覚えとけよ。」

ネクタイの端を掴んだ俺は

「土方さん、っ」

少しだけ力を入れて、ネクタイを俺のほうへと引き寄せ

「隙、ありすぎ。」

目の前に準備された唇に口づける。



「こういう使い方もあるってな。」





「…っ、は」

コイツの口元は酸素を求め、俺からそれを奪っていく。

唇を自由にしてやると、どちらのものとも言えない酒の香りがふわっと漂った。

「土方さん、いっつもずるい…」

口元を手で押さえたコイツの顔は、とてもSPとは思えないほど余裕もなく俺だけを見ている。

周りの状況が見えてこそ、なんて説教は任務中にするとして。

「何なら他の使い方も教えてやるよ。」

俺はネクタイを掴んだままの格好で、コイツを挑発しながら小さく笑った。



逃げられはしない。

逃がしもしない。







その笑みの行く末はどこなのか。

夜の帳は相変わらず俺たちを眺め続け、事の末路を見守っている。



ひそやかな夜にネクタイで縛ったものは何なのか、それは俺とコイツしか知らない秘密となって深い闇へと沈んでいった。










Fin


   

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