clapping

□Which do you like white or bitter?
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【taste of bitter】





脳内麻薬を口にする。

溶けるのは甘みか、思いか。










冷え込みが一段と厳しくなった午後十時。

暦の上で春は既に来ていたが、夜は長く朝は遠い。

窓の外では星の代わりに夜景が浮かび、月は天高くから白い光を地上へと放ち続けていた。





「…今夜は日付が変わる前に帰れそうだな。」

椅子に座ったまま煙草に火をつけ、デスクの上に散らばった書類をまとめる。

機動警護班のSPなんて、ロクな仕事をあてがわれた試しがない。

今夜も沖田が要人警護の際に不必要に備品を壊したとか、発砲しただとか、面倒事の始末書をまとめている最中で。

煙草の煙を吐き出して、引き出しに隠していた灰皿を取り出す。

喫煙所以外は禁煙と銘打った建物だが、時々こっそりとデスクで煙草を吸うことがあった。

勿論換気はするが、どうしても匂いが残ってしまうのか、必ずアイツにどやされる。

無茶な働き方、変に身体を張った警護が得意な新人に。





ふいに感じたのは、俺に近づいてくる遠慮ない足音と温かい息づかい。

視界に入ったのは、パンツスーツの上にトレンチコートを羽織り、ストールをこれでもかという位首に巻いた姿。



「煙草駄目じゃないですか。」

俺を咎める、うんざりするほど聞き慣れた声。

その一つ一つが、コイツを形成していて。

「今くらい見逃せよ。」

オマエらの荒っぽい任務をどれだけ許したりフォローしてやってるのかわかるだろ、と話せば

「それとこれとは話が違いますから。」

俺の言い分はきっぱりと否定された。

ソイツはコーヒーショップの紙袋からコーヒーを取り出し、唇を尖らせながら中身を口にする。

「土方さんも飲みますよね?」

二人分買ったのでという言葉と共に、デスクには容器が並べられた。

「ああ、悪ィな。」

俺は書類に目を向けたまま礼だけ言い、煙草を灰皿に置きコーヒーを口に運ぶ。

白い蓋の小さな飲み口から、一口飲み干した瞬間。



「…っ、なんだこれ」



口の中を支配したのは、濃厚な舌触りと強烈な甘さ。

吐き出さないよう堪えたが、飲み込むのに抵抗を感じずにはいられなかった。



「オマエ、これって」

「カフェモカです。」

ソイツは俺の隣に椅子を運んできて、素知らぬ顔でコーヒーを飲んでいる。

煙草の煙に紛れながらも、俺の手元からは甘ったるいチョコレートとクリームが混ざる香りが漏れていた。

「俺はブラックだって知ってるだろ。」

コイツからの差し入れは必ずブラックだったので、俺の好みは把握しているのだろうと信じ切っていて。

「知ってますよ。」

「じゃあ何で」

俺が問い質そうとすれば、

「ちょっと事情が…」

ソイツは目線を逸らして、バツが悪そうに何かを言いかけてから言葉を飲み込んだ。

「どんな事情だよ、ったく」

呆れながらコーヒーの蓋を開ければ、案の定生クリームが溶けて、見るからに甘そうな格好になっている。

「土方さん、今日が何の日かわかります?」

「今日も明日も仕事だろ…あ、」





そこまで露骨に提示され、ようやく気づく。

もうすぐ終わる今日は、甘い物を女が男に送りつける日。





「…オマエ」

「普通のチョコだと食べてもらえないと思って。」

色々考えて、ちょっと卑怯だけどこうしましたとソイツは付け加えて俯いた。

暗い室内でデスク周りだけが明るく、パソコンの光は容赦なく俺達を照らす。

コイツが俺のために、寒い中こんなものを買ってきたという事実がやけにこそばゆい。



「そっちはブラックか」

「あ、交換しますか?」

慌ててコーヒーを取り替えようと立ち上がり、手を伸ばしたコイツの手首をすかさず掴む。

柔らかく、逃げられないようしっかりと。



「…土方さん?」

俺をうかがうコイツの目を気にすることなく、

「悪ィが、俺は苦い方が好みだ。」

顔を近づけ、

「こっちをもらうぞ。」

コイツの苦みを口にする。





「ひじかたさん…っ」

「甘い、な」

甘さの代わりに苦みが舌をざらつかせ、深い香りに酔いしれて。





重ねた唇をゆっくりと離せば、ソイツは片手で口元を押さえた。

「甘すぎです…それに煙草の味もして、」

「不味いか?」

俺はソイツを抱いたまま、耳元で低く問いかける。

「…嫌いじゃないです。」

もごもごと俺の胸で話す声は、妙にくすぐったい。



「俺もだ。」



互いの味も熱も区別がつかないほど、繋がった場所から混ざりあって溶けていく。







コーヒーと煙草の残り香が、冷えた空気にとろりと馴染んで消えかけている。

二つの苦味が甘さを侵食する世界に、俺達はゆっくりと沈んでいった。










Fin


   

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