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□祝福を夢見る言葉たち
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【祝福を夢見る言葉たち】



今日のために生まれてきたわけじゃない。

けれど今日くらいは、いい思いをしたい。



誰にとっても、きっとそんな日。







立春が過ぎようと、現実は北風が吹き荒れ、日が沈むのは早く、まだ冬の真っ只中。

激務続きの俺は、ここ数日勤めている調査会社に泊まり込むか、帰れても午前様の日々。

当然、無理がたたり風邪をこじらせ熱を出し、今日は休暇を取ってアパートから一歩も出ずに寝込んでいた。

部屋のカーテンを閉め切って、買い置きの薬をミネラルウォーターで流し込み、ひたすら眠る。

疲れ果てた身体には、そんな大雑把な療養でも効いたのだろう。

次に目覚めたときには多少まともな思考ができる程度に回復してきていた。



「今、何時だろ…」



喉を痛めたせいか声は掠れ、ろくに話せもしない。

ベッドの中で携帯を見れば、日付が変わる少し前の時間が煌々と光る画面に表示される。

機械の光は、こんなときでも全く遠慮がないと考えながら寝返りを打ち、瞼をもう一度閉じた瞬間。



玄関先から、かさかさと聞き慣れた物音が聞こえた気がした。

コンビニ帰りに耳にする、ビニール袋の音。



ここは角部屋で、隣は空き部屋のはずなのにと思いつつふらふらと立ち上がる。

野良猫だろうかと、そっと玄関を開けて通路に出たが、人影はおろか猫すら見当たらない。

「…気のせいか」

一人暮らしだと全て独り言になってしまっていけないと心の中でぼやきつつ、ドアノブを握ろうとすれば

「あ」

そこにはビニール袋がくくりつけられていた。

「…何だろ。」

訝しげにビニール袋の結び目をほどき、部屋へ入りながら中身を確認する。

スポーツドリンクにゼリー、苺とメロンがカットされた小さなフルーツの盛り合わせやレトルトのお粥、額に貼り熱を冷ますシート。

暗い部屋に間接照明をつけたところで、添えられていたメモに気づく。



それは。



「―っ」

俺は急いでカーテンを開け、スウェット姿に寝癖がついているであろう頭も気にせず、スリッパを履いたままベランダに出る。

寂しげな夜道を、降り始めたばかりの雪と街灯がおぼろげに照らし出していて。



「待って…!」



掠れた声で精一杯叫ぶ俺は、どれだけ情けない顔をしているのだろうか。

声とは言えない音が、ベランダの真下の道路にいた君を振り返らせる。





宙に舞う雪の白さを頼りに、ひたひたと夜道を歩いていたのは、会社の後輩である君。

君を呼び止めるため声を振り絞り必死になったのは、後輩以上の感情を君に抱いた俺。





「山崎さん?」



君は俺の姿を見て、おそらくそう呟いた。

辺りを気遣ったのか、ひっそりと小さな声で。

耳できちんと聞き取れなくとも、俺の名前を呼ぶ唇の動きは何度見たかわからない。

経験から推測するのは、職業柄、俺の十八番だ。



「待ってて」



俺は声が出ない分、口を大袈裟に動かす。

思いが君に届くよう祈りながら、急いで部屋に入った。

走り書きのメモと財布から抜き出した札を、厚手の黒のモッズコートのポケットに忍ばせ、すぐにベランダに戻る。

その動き、素早さは自分で自分を褒めてやりたくなるほどで。

君は雪にまみれて白い息を吐きながら、傘も差さず俺を待っていてくれた。

仕事帰りなのだろう、スーツとトレンチコート、ストールを巻いた姿は見ているほうが芯から冷える。



「山崎さん」



君は近所に遠慮してか、口を動かすだけで俺の名前を呼んだ。

少し恥ずかしそうな、何とも言えない顔をして。





ああ、そうだ。

その表情が、仕草が、いつだって俺を熱くする。






「受け取って」

俺はコートを掲げて、君に合図を送る。

ばさっと音を立てて投げたコートを、君はしっかりと受け止めてくれた。

君と目を合わせ、コートのポケットを見るように手振りで促す。

「―っ、あの…!」

君はごそごそとポケットを漁った後、俺に何か訴えかけた。

その先は、俺が言わなければならない。

たとえ声が出なくとも、君の耳まで届かなくても



「ありがとう」



伝えたい言葉は、単純で。







感謝の言葉を目線で伝えながら、人差し指を立て口元にあてがい、静かにと伝える俺。

戸惑いながらも頭を下げ、はにかみつつコートを羽織って、大通りへと歩き出した君。

何もかも見ていたのは、凛とした空気。

二人の言葉を吸い込んだのは、白い雪。





君は一度だけ振り返り、優しい笑顔で手を振った。

小さな後ろ姿が視界から消えるまで見送り、部屋へ入る。

ビニール袋からメモを取り出し、まじまじと読み直した。



『お大事にしてください。元気になったら、誕生日のお祝いさせてくださいね。』

名前もないのに、筆跡で君だとわかってしまう俺。



『タクシー代。気をつけて帰って、ありがとう。』

僅か数秒で書き上げてコートに託した、俺のメモ。



君は一体、俺の気持ちをどこまで読み取ってくれるだろうか。







再び火照ってきた身体を休めるため、スポーツドリンクを一気飲み、ふらふらとベッドに入る。



「…治ったら、追跡調査かよって位送るから。」



独り言を口にしながら、額に手をあてて。

じわじわと身体の芯から熱が湧き、全身に廻っていく。

この熱は風邪なのか、それとも君のせいなのか。





特別な日の最後、大切な人に会えたことを感謝しながら、俺は眠りに落ちていく。

君がくれた、音のないおめでとうに思いを馳せて。










Fin



〜2012.02.06 Jimmy's Birthday〜
   


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