【はじまりのはなし】 常に望むこと。 始まりは、いつだって二人で。 昨晩遅くから降り積もった雪が、世界を真っ白に染め上げる。 門松も正月飾りも半分雪を被り、静かな初日の出を拝んですぐに初出勤。 相変わらずなサービス業。 寺院は例年通り混雑の極みで、人の波の中を泳ぐような年明け。 元旦から要人警護だなんて、全くもってやる気が出ない。 使命感の薄いSP、それが俺。 正月はこたつにみかん、適当にテレビをつけてグータラするものだと相場が決まっている。 こんなときくらい、お偉いさんも休めばいいのにと思いながら。 人、人、人と屋台の賑やかさ、盛んに鐘を鳴らす音。 大きな賽銭箱めがけて小銭を投げ入れ、子供の小遣いにもならない金額で壮大な願い事をする。 家内安全商売繁盛、交通安全に恋愛成就。 そんなに都合のいい神様なんているわけがないと半分嘲笑しながらも、この雰囲気は嫌いではなかった。 皆がそれぞれ、家族や友人、恋人と過ごしていて。 誰だって、無条件かつ無意識のうちに幸せを求めている。 欲まみれの世の中全体がここぞとばかりに浮かれるのを見ると、どういうわけだか安心した。 欲深いのは俺だけではないのだ、と。 「沖田さん」 雑踏の中から聞こえたのは、耳慣れた呼び声。 視界の片隅に映ったのは、人混みをかき分けるようにして、俺を目指して一心不乱に歩いてくるアイツの姿。 「お疲れ様です。」 俺の目の前で立ち止まり、息を整えてから挨拶をする。 馬鹿みたいに嘘がつけない後輩で、同じ班に配属されたのはいいものの滅法使えなくて。 「交代要員が到着したのでもう上がっていいって、土方さんから連絡がありました。」 「あのヤロー、何で俺には連絡しないんでィ。」 「屋台で奢れとか、メシくらい食わせろとか絡まれそうだから、らしいです。」 「…アンタは本当に遠慮ないでさァ。」 そういうことは普通知っていても言わないものだと教えかけて、止める。 どんな理由であれ、コイツが息を切らして俺を迎えに来たという事実は悪くない。 俺が聞きたいのは鬼の班長と謳われる土方さんの小言ではなく、荒れた現場でもいい意味でぼんやりしているコイツの声だ。 「寒かったです…元旦から仕事って、流石ですね。」 「毎年大体こうですぜ。」 新人のコイツは身体が慣れていないのか、既に指先が赤い。 日の光は弱まり、日暮れ近くの寒さが容赦なく俺達を襲う。 冬本番だ。 ここから春までの寒さが一番きつい。 次に来る季節が春だとわかっていなければ、乗り越えられないのではないかと思うほど。 警護はスーツ姿、中に防弾チョッキを着ている程度なので身体は冷えきっている。 両手をこすり合わせて冷えた指先に暖を求めるコイツの姿は、いつも以上に幼く見えた。 「任務終わりやしたから、手袋でもすればいいでさァ。」 飄々と話してみれば、コイツはバツの悪そうな顔をしている。 もしやと思ったところで、 「…今朝ベランダで雪ウサギを作ってて、そのまま…。」 目線をあわさず、ぼそぼそと話されたのは小学生の模範解答並の答え。 その言葉を聞いて、俺は眩暈を堪えながらコイツの顔を見た。 どこまでも救いようがなく、面倒を見なくてはならない手間のかかり具合。 「それより、早く一緒に帰りましょう!」 やっぱり土方さんに何か奢らせちゃいましょうと話を逸らしながら、必死に逃げ道を作ろうとする。 この俺が、アンタを逃がすわけがないのに。 「手、出しなせィ。」 「う…」 躾の如く言い放つと、観念したのかコイツはおずおずと両手を出した。 その格好はどう見ても今から手錠をかけられるポーズにしか見えず、思わず吹き出しそうになる。 コイツの前では俺も大人にならざるを得なくて、 「そうじゃないですぜ。」 こうして時折背伸びするのも悪い気分はしない。 また俺に苛められるとでも思ったのだろう、コイツはぎゅっと目を瞑った。 力んだアホ面を眺めながら、小さな左手に俺の黒い手袋をはめてやる。 同時に俺は右手だけ、手袋をはめた。 「目、開けてみなせィ。」 俺の声を確認してから目を開けたコイツは、しぱしぱと何回もまばたきをして、手袋をはめられた自分の左手を見る。 「あの、」 「片方だけしか貸しやせんから、あとはアンタが温めてくだせィ。」 俺の左手がコイツの右手を捕らえて無理矢理スーツのポケットに突っ込むまで数秒。 コイツの耳が屋台のりんご飴みたいに赤くなるまで数秒。 ポケットの中で触れ合う、互いの指先の温度が一緒になるまでは、一体どれくらいかかるのだろうか。 「…沖田さんが冷たくなっちゃいますよ?」 恐る恐る俺の顔色をうかがうコイツに対して、俺は捕まえた指の力を緩めない。 もっと大人らしいからかい方もできるが、今はまだ、その程度の関係で。 「そしたら責任取ってくれやすか?」 「責任?」 「かじかんだ手は、人肌で温めるのが常識でさァ。」 冗談めいた言葉を添えて、コイツの額に右手でデコピンをする。 「ふあっ、」 間抜けな声とか表情とか、色んなモンが見れたので、元旦から働くのもよしとしよう。 「行きやすぜ。」 「っ、はい!」 身を切り裂く冷たい風は埃っぽく乾燥していて、そのせいかコイツのせいなのかはわからないが、鼻の辺りが妙にくすぐったくて。 俺はポケットの中でぎゅっと手を握り直し、勢いよく笑顔で返事をしたコイツと並んで歩き出した。 Fin |