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□白黒サンタの物語
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【黒サンタのおはなし】










よいこのみんなには、素敵なプレゼントを。

おとなのみんなには、それなりの出来事を。

サンタクロースは寝ている間にやってくる。










薄暗く長い廊下に、革靴の音が小さく響く。

昼間ついていたであろう暖房の名残なのか、空気は乾燥していて生温い。

スーツ姿にネクタイという出で立ちであったが、あまりの脱力感に襲われ、ネクタイを僅かに緩める。

拳銃や防弾チョッキは保管庫に置いてきたので、身体はいくらか軽く感じられた。

手元の腕時計をちらっと確かめれば、日付は既に変わっていて。

世間で騒がれているクリスマスイブは、仕事をしてあっけなく終わったということだ。





もっとも、何か予定があるわけでもない。

SPという職業柄、休みは不規則。

休暇中であってもいつ緊急の招集がかかるかわからないため、自然と予定は立てなくなる。



「…明日くらいはマトモに眠りてェ。」



年中行事には仕事がつきもの。

思わずぼやいてしまうのも無理はないと、俺自身納得する。

外で長時間警護を行っていれば、耳が痛くなるほどの冷え込みを感じる季節。

連日過密なスケジュールが続き、いくら体力に自信があるとはいえ、精神的に張り詰めたままの脳が疲労の色を濃くしていた。

休息を取ろうと珍しく積極的になりながら、デスクのあるフロアの扉を開ける。

あとはタイムカードを切って帰宅するだけだ。



休もう。

とにかく眠ろうと、妙な決意を固くする。

本当にまいってしまう前に、俺の中の何かを緩めほどくのだ。







静かに扉を閉めたところで、俺の隣の席でぼんやりと蛍光灯が光っているのが分かる。

あの席は。

足音を立てないように近づいていけば、案の定ソイツが机に突っ伏した格好で寝ていた。



「…オマエ、今日は早番じゃなかったか?」



ぼそぼそと話しかけるが、ソイツは微動だにしない。

スーツには皺ができ髪は乱れていて、気の抜けた顔を見せながら眠っている。

おまけに、何をすればそんなことになるのかわからないが、普段から生傷が絶えないせいで額に絆創膏まで貼っていた。

どうせまた無茶な働き方、変に身体を張った警護をしたのだろう。

見ている俺まで、間抜けな顔になってしまいそうなほど無防備な表情。

いつも現場で張り詰めた顔ばかりしているコイツの意外な一面を垣間見た気がして、思わず口元が緩んでしまいそうになる。

慌ててそれを隠すように煙草に火をつけ、一息ついた。



煙草の煙と共に、辺りには静寂が広がる。

煙を吸い込み吐き出せば、あたりの空気が微かに苦味を帯びた。

その味を楽しみながらソイツの横に立ちつくしていれば、



「…何だ?」



伸ばされた華奢な腕の先にあるものが目につく。

握りしめられているのは煙草の箱。

真紅の細いリボンがさりげなく結ばれているが、どうにもいびつな結び方で、コイツが筋金入りの不器用だったことを思い出す。

このチームで煙草を吸うのは俺だけで、しかもよく見れば俺が好んで吸っている銘柄だ。



「…そういうことか。」



今夜がどんな夜かは、人並み程度には理解しているつもりで。

コイツとは恋愛関係でもなく、ましてや男女の関係でもない。

それでも一緒にくぐった修羅場の数は数えきれないし、何度背中を預けあったのかわからないほど。



強く信頼し合っていると俺が勝手に思っていた。

そしてそれ以上に、俺は、コイツを。







「悪かねェな。」

思わず声に出してしまった感情は、この薄ら寒い空間にほんの少し色をつけた。

ソイツはしっかりと煙草を握りしめていたので、その指を一本ずつゆっくりとほどくようにして煙草の箱を手に取る。

吸いかけの煙草は灰皿に押しつけ、リボンをほどき、二本目の煙草に火をつけた。

煙はいつもと同じように白いが、心なしか甘みを感じたのは気のせいだろうか。



「うめェ。」



思わず笑みがこぼれてしまうのが、俺自身でもわかる。

コイツがここにいて、アホな顔して寝息を立てていて。

ただそれだけで、こんなにも安堵する。

SPから只の男に戻る瞬間。





「言っとくが、俺ァ何も準備しちゃいねェぞ。」

ソイツの耳元で囁いてみたが、眠りから覚める気配はない。

任務中ではないとはいえ、寝込みを襲われたらコイツはひとたまりもないだろう。

そんな弱点まで発見しつつ、俺はほどいた真紅のリボンを手に取り、細い指に丁寧に巻きつけて結ぶ。



「とりあえずはここか。」

リボンは右手の薬指を色鮮やかに飾った。



「次はもう少し洒落たプレゼントにしてくれ。そのときは、俺も本物を用意してやるよ。」



そう言いながら、冷たくなりかけたソイツの小さな手を握る。

指と指を、絡ませる。







真紅のリボンから熱が伝わってくるかのように温まる手。

更けゆく夜に呼吸を溶け込ませれば、二人分の吐息が耳を掠め通り過ぎていく。



俺はソイツの手をいつまでも弄びながら、紫煙の甘さに酔いしれていった。










Fin


  



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