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□白黒サンタの物語
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【白サンタのおはなし】










よいこのみんなには、素敵なプレゼントを。

おとなのみんなには、それなりの出来事を。

サンタクロースは寝ている間にやってくる。










空はどんよりと曇り、色とりどりのネオンと人の波が昼よりも街を明るく、妙な盛り上がりを見せてしまう夜。

外にいれば手足の先から全身に冷えが回り、鼻の頭もうっすらと赤くなる。

俺が働く業界にとって、一年で一番の大勝負とも言える時期がやってきた。



夢もない人間が他人に夢を売りつける日。

今宵迎えるのは、見たこともない誰かさんの誕生日。







「…あー、マジ死ぬ。」

今夜、赤い衣装と白い顎髭で異国の誰かに扮している人間は、一体どれくらいいるのだろう。

孤独をまぎらわせるため、ぶつぶつと文句を言いながら衣装を脱ぎ始める。

暖房が止まった更衣室まがいの部屋は、どこからかすきま風が入って薄ら寒い。





大の甘党が幸いしてか、洋菓子店を何店舗か経営する会社に就職して。

売れ残りのケーキをこっそり持ち帰れるという特権に浮かれたのも束の間、この業界最大のイベントで味わう地獄を俺はすっかり忘れていた。

普段はスーツにネクタイ、いわゆる総合職として働き、営業活動を行いつつ各店舗に足を運ぶ。

けれどこの特別な日に関しては、若い男なんて単なる何でも屋だ。

風邪で倒れたバイトの代打としてサンタクロースの格好で呼び込みをし、その後は雑用を手伝い気づけば深夜で。

おかげさまでケーキは完売、俺の持ち帰り分は虚しくもなくなってしまった。





「もー何なんだよこれ。」

スーツに着替えてから、よろよろと休憩室の扉を開ける。



「…あ?」



予想していなかったものが視界に入り、思わず妙な声を出してしまう。

電気もついていない暗い部屋には、寝こけている女が一人。

そっと近寄れば、最近よく顔を合わせていた新米パティシエの寝顔が見えた。



「オマエ、こんなトコで寝るなって。」

一応声をかけてみるが返事はない。

世の中は俗に言うクリスマスイブ。

コイツも早朝から休まずに働いていたはずで、ケーキにデコレーションを施す真剣な手つきと眼差しが徐々に思い出される。

化粧っ気もなく、寝息こそ可愛らしいが眠りは地の果てより深そうだ。

「店、閉めたいんだけど。」

店長に戸締まりを頼まれた位だ、店にはもう誰も残っていない。

数時間経てば店は再び慌ただしくなり、大量のクリスマスケーキが作られることだろう。

「…コレどーすんだよ。」

俺は立ち尽くしたまま、天パの頭をわしゃわしゃと掻く。

タクシーにでも乗せちまえばいいかと思ったが、そもそもコイツがどこに住んでいるのかなんて知らない。

大体、コイツはあと数時間で出勤予定のはずだ。

場所によっては帰る暇もないのかもしれない。

疲れ切った脳味噌でぐるぐると考えを巡らし、俺が帰るという譲れない願望を優先したところ、一つの答えに辿り着く。

俺の住むアパートは、ここから歩いて帰れる距離にある。

コレを持ち帰ってしまえばいいのだ、と。







戸締まりを全て終えてから、コイツを背負い店を出る。

「重…」

本当なら大して重くもないが、一日中立ち仕事で疲れ果てた俺の身体には十分堪えるものだった。

革靴に鉛が仕込まれている気さえしながら、のろのろと重い足を引きずり歩く。

背中はコイツの体温のせいで温かく、相変わらず俺の鼻は冷たく、最早感覚がない。

ケーキを持ち帰るはずだったのに、コイツを持ち帰る羽目になるなんざ想定外にも程がある。

流石に呼吸は少し上がり、吐き出された息は白く染まってすぐに消えた。

住宅街に差しかかり、辺りは電灯がちらほら点いているだけで、クリスマスらしさの欠片もない。

手元にはケーキもチキンもシャンパンもない。

こんな夜でも、聖夜には変わりないわけで。



「オマエ、これ貸しだからな。」

俺は肩の上に乗っているソイツの寝顔に向かって話しかける。

「クリスマスケーキ、ホール三つで許してやるぞコノヤロー。」



ほんの出来心で首を限界まで伸ばし、鼻の頭をソイツの瞼に一瞬くっつけてみる。

案の定冷たかったのか、瞼はぴくっと震えたが目覚めるまでには至らなかった。

コイツを持ち帰る先は、汚くて狭い俺の部屋。

ケーキみたいに腹を満たすものでも、可愛らしくて夢があるものでもない。

けれど一日ケーキを作り続けていたせいだろうか、コイツの身体からはやたら甘い匂いがする。

その匂いと共に、夜明けと同時にコイツの寝ぼけた顔や焦る顔を見られるのならそれで十分な気もした。

目が腐るほど見た沢山のケーキよりも甘い何かが、そこにある。





アパートまで、残り数十メートル。

今日は誰かさんの誕生日で、街は相変わらず盛り上がっていて、コイツが背中で気持ち良さそうに寝息を立てていて。

背中の熱を、味わう夜更け。





いつの間にか空から粉雪が舞い降り始め、辺りの音を一層奪っていく。

宙を見上げ、口を開けて雪を誘ってから、腰を使ってコイツを背負い直し、ゆっくりと歩き続ける。



口の中で溶けたそれは、何故だかほんのりと甘みを感じたような気がした。










Fin




  

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