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□ハロウィンシリーズ
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【不死者の王の一年後】









私は彼に命を与える。

煙草の香りに酔いしれながら。










窓の外は深い闇にどっぷりと包まれている。

空気が乾いているので、月や星はぞっとするほど白い。

生の気配が薄まる夜更け。

時計の秒針が進む音だけが、部屋の中で規則正しく響いている。

いいかげん眠らなければならないと思うものの、ベッドの中で何度寝返りを打っても眠れない。

不毛な時間を過ごしていたせいで、身体は徐々に気だるくなってくる。

仕方なくパジャマ姿で起き上がり、枕元の小さなライトだけ明かりを灯し、キッチンへと向かった。

マグカップにホットミルクを作って蜂蜜を混ぜれば、仄かに甘い香りが漂ってくる。

掌はじんわりと温まり、柔らかい湯気が鼻をくすぐった。

気休めにしかならなくても、飲まないよりマシだろう。

「昨日はどうやって寝たんだっけ…。」

最近はどんな夜を過ごしていたのか。

すんなりと眠れていたのか。

独り言のように頭の中で問いかけても、返事は聞こえてこない。

そのとき、鎖骨のあたりにちくりと小さな痛みが走った。

「…っ、痛」

思わず鎖骨に手をあてたところで、ふいに記憶が蘇ってくる。

私は眠ろうとして眠っているのではなく、貧血で寝込んでそのまま朝を迎えているのだ。







ちょうどそのとき、何かが窓にぶつかる音が聞こえた。

去年の今頃より力加減を覚えた音に、呆れながらも窓を開ける。

案の定、ベランダには一人の男が突っ立っていた。

「悪ィ、寝てたか。」

「寝てないけど、まさか今日も…」

「吸わせろ。」

タキシードまがいの紳士めいた服装にやたら長いマント、漆黒の髪に瞳孔が開いたままの目。

自称吸血鬼の男が、今夜もそこにいた。

「…とにかく、中に入ってくれる?」

ベランダに居座られて誰かに見られても困ると思い、今夜も部屋に入れてしまう。

どうやら私はこの男に相当甘いらしい。

男は部屋に入るとカーテンを閉め、静かにマントを翻した。

「煙草?それとも血?」

「両方だ。」

「両方駄目。」

きっぱりと拒絶すれば、男は眉間に皺を寄せる。

しかめっ面をよくするくせに、顔立ちは妙に端正なところも気に入らない。

おそらくこの男が街中を歩いていれば、格好いいなどと言われてしまうだろう。

けれど、この男は人間ではない。

かつて人間だった男だ。





一年前、私はこの男に血を吸われた。

血を吸われたからといって吸血鬼になるわけではないと説明する男は、普通の人間と変わらない容姿だった。

男が言った通り、私の身体に変化はない。

強いて言えば、万年貧血気味になってしまった位だろうか。

名前を尋ねると、生前は土方と名乗っていたというので、土方と呼ぶことにした。

土方は時々こうして私の部屋に押しかけ、煙草と血を吸って住処へと戻っていく。

どこから来てどこに帰るのかは聞いたこともない。





私はマグカップをテーブルに置き、ベッドの上で座り込んだ。

「最近毎晩吸ってるクセに、まだ足りないの?」

「秋は冬に備えて多めに吸うからな。」

「冬眠もしないのに?」

土方は問いかけに答えないまま床で胡座をかき、慣れた手つきで煙草に火をつけた。

マントが邪魔くさそうだったけど、うっかりマントを脱がせて長居されても困る。

そう考えた私は、とりあえず灰皿を差し出してみた。

「灰、こぼさないでね。」

「サンキュ。」

土方は灰皿を手にぼんやりと煙草を吸い、私はそんな土方を眺めていた。

たった数分のことなのに、土方が吸う煙草の香りはどういうわけか眠気を誘う。

そのせいで、いつも聞きそびれてしまう質問が沢山あった。

何があって吸血鬼になったのか。

どうしてこの部屋へ通うのか。

変幻自在の不死者の王と謳われる存在が、なぜ。







やがて土方は短くなった煙草を灰皿にねじ伏せ、ベッドに手をつき私を見上げた。

スプリングは安っぽく軋み、相変わらず時計の秒針は時を刻み続けている。

おまけに心臓がはねているせいで、しんとしているのにやかましい、そんなおかしな状態だった。

「土方」

「…何だ」

「土方のせいで貧血気味なんだけど」

「そうか」

土方は謝りもせず、私の唇を貪った。

そこに至るまでの過程は優しさも何もないのに、唇を重ねた途端、ひどく丁寧で官能的にしてくれる。

最後まで頑なに拒めないのは、煙草の苦みが残る舌からうまく逃げられないせいだ。

呼吸が乱れたところで、土方はそっと唇を離して私の鎖骨に喰らいつく。

「―っ、」

「力、抜いてろ。」

土方はいつもそう言いながら血を吸い、宥めるようにして私の頭を撫でた。

こんなとき、私は生前の土方のことを考えてしまう。

こういうことがここまで上手なら、きっと恋人には困らなかったはずだ。

恋人のところには、血を吸いに行かないのだろうか。





「…土方、」

血を吸い終わった後、土方は私をベッドに寝かしつけて顔色をじっと窺っていた。

「一年以上ここに来てるけど、他に」

行くあてはないのかと尋ねるのが急に怖くなって、私は口を閉ざしてしまう。

他の人とキスする土方を想像するのは、なんとなく嫌だった。

土方のマントの裾を思わず握りしめると、上から低い声が聞こえてくる。

「行くあてなんざねェよ。」

それが喜ばしいことなのか、嘆くべきことなのかはわからない。

けれど、土方の煙草の香りを感じながら寝るとぐっすり眠れるのは事実だった。

「…そっか。おやすみ、土方。」

重い瞼を閉じようとすれば、土方は私の頭を撫でて、おやすみと呟いた。





土方のいない朝が、また来る。

朝日に照らされた一人ぼっちの部屋を想像すると、牙をあてがわれたわけでもないのに胸の奥が小さく痛んだ。










to be continued…




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