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□紅葉狩り
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陽に照らされ、月に染められ。

夜風に冷やされても尚、紅く。










戦場は色が乏しい。

深緋に黒鳶、鼠色。

限られた彩りが視界を重苦しく塞ぎ、気分を一層滅入らせる。

日没前に決着をつけると、詰めが甘い計算を掲げたのは数刻前。

無心で刀を振るっていたわしは、構えた切っ先に鋭い光が走らなくなったのを見て、太陽が雲に覆われたとようやく気づく。

争い事を好まないが故の戦はこれで何度目か。

思い出すより先に刀を滑らせれば、かろうじて道は生まれる。

四方八方から聞こえる爆音の数も随分減ったが、それだけ双方で被害が出たのだろう。

元々空っぽの頭が役立つのは、こういうときだ。

もう少し。

戦の中心に辿り着くまで、あと僅か。

そうやって己を奮い立たせると、敵味方関係なく兵の動きがばらばらと止まった。

皆と同じように空を見上げれば、白煙が天高いところへ吸い込まれていく。

「…ほお」

曇天に混ざったのは、相手方の狼煙だ。

今日はここまでという合図に短い溜め息をつくと、それぞれが拠点へ引き返し始める。

終わらない戦い、終わりゆく一日。

束の間の休息にほっとした表情を見せる者、勝敗がつかない悔しさに歯を食いしばる者。

明日まで繋がれた命の使い方は十人十色だと眺めつつ、古寺へ向かう仲間を誘導する。

いくら好き勝手な戦い方をしているとはいえ、まがりなりにも兵を率いる立場だ。

責務を果たすため、人の姿が見当たらない戦場で取り残された兵はいないかと辺りを見渡す。

「全員帰ったかの」

首を傾げながら独り言を漏らしたのは、いつも目にする姿が見当たらないからだ。

するとわしの心情を察したのか、横から呼び声が飛んでくる。

「辰馬」

戦場に凛と響いた名を、すぐにかき消す足音が憎い。

汚れた鉢巻きを巻いたまま、声の主は片手で額の汗を拭った。

「まだ残ってたの?」

「ああ、おんしの姿が見えんと思ってな」

「…今日は途中から後方支援に回ったから」

物心ついた頃からわしと一緒にいた幼馴染みは、今や攘夷志士の紅一点となっている。

男顔負けの働きっぷりは、仲間内でも有名だ。

「後方支援か、珍しい」

「たまにはいいでしょ」

戦場ではいつも最前線に行きたいと名乗り出るのに、明日の天気は雹か霰か、はたまた嵐か。

らしくない発言を聞き流しつつ横目で彼女を見ると、普段と異なる歩幅に違和感を覚えた。

「…おんし、足を」

「いいから行くよ」

彼女のほうから手を引いてくれるのは喜ばしいが、わしは冷えきった指先を握り返さず丁寧にほどいていく。

両手で鎖頭巾を脱ぎ、彼女にさりげなく被せれば、大きすぎるそれは涼しげな目元を隠した。

「悪いが今のおんしとは一緒に行けん。わしは歩くのが速いし、足も長い」

「何それ、嫌味?」

彼女の一歩前で立ち止まったわしは、その場にしゃがみ込んで背中を見せる。

この行為がどんな意味を持つのか、彼女なりに察したらしい。

「一人で歩けるって」

負傷者の常套句さえ、彼女が言うと只の強がりになってしまう。

逞しい紅一点が心細げなのは、きっと連日の寒さ故だ。

「そう言わんと、たまにはわしの顔を立ててほしいぜよ」










結局、渋々預けられた華奢な身体を背負い、わしは山道を歩き始めた。

途中に見かけた沢で休憩がてら包帯を濡らし、細い足首に巻き付けてやると、彼女は一瞬顔をしかめる。

「痛むか」

「別に」

再び背負いながら、顔に書いてあると呟けば、彼女はわしの頬をつねった。

「本当に大したことないし」

「その腫れ方だと、平地を歩くのもしんどいと思わんか」

それでも皆に心配をかけたくない、と小声でぼやく彼女は、わしの肩に顔を埋める。

首の辺りをじわりと通り過ぎるのは、温かい吐息だ。

険しい山道で呼吸が荒くならないよう、深く息を吐きつつ木々の間から時折空を見上げる。

夜風が雲を押し流し、月明かりが零れたおかげで、足元が見渡せる分いくらか歩きやすくなった。

道に迷わぬよう沢沿いを進むと、色づいた紅葉が目につく。

昼間ならさぞ綺麗な紅だろうと背中に語りかければ、彼女は浮かれるでもなく無言のままだ。

「おんしは紅葉より銀杏が好きか」

「…どっちも好き」

「浮気性だのう」

「そうじゃなくて」

ふいにわしの右肩から、ゆっくりと彼女の手が伸び、低い枝の紅葉に触れる。

葉を弄ぶ仕草は、刀を振るう姿なんて想像できないほど慈しみに溢れていた。

「二人共、手がこの紅葉位小さかった頃って覚えてる?」

「ああ、よくおんしの手を取っては引っぱたかれてたの」

懐かしさに思わず笑うと、葉を放した彼女は無防備にわしの肩へ手を乗せる。

「手の大きさは変わっても、辰馬はあの頃から変わらないね」

「そうか」

「うん、ずっと同じ」

意味ありげな口ぶりの彼女は、再び黙り込んでしまった。

この沈黙は、一体何を表しているのか。

考えをまとめる前に、彼女は言葉を続けた。

「辰馬」

「何じゃ?」

「誕生日、おめでとう」



彼女だって変わらない。

本当に言いたいことは目を合わせずに伝えたり、照れ隠しで無愛想を演じてみたり。

素直になれない性格は、物心ついた頃からそのままだ。



「おんしに言われるとくすぐったい」

冗談めいた声でありがとうと付け加えると、言ってもらえるだけマシだと思ってよと悪態が返ってくる。

この関係が、あとどれくらい続くのか。

ありふれた縁の行方を心に秘めてさえいれば、どこで何をしようとも生きていける。

安直な思いを口にせず、内側で温めるようにして。










やがて拠点の古寺が見えてくると、ここから一人で歩くと主張した彼女は地面へ下り立った。

「…背負ってくれてありがとう」

「礼を言うなんて、おんしらしくない」

そうからかって彼女の後ろ姿を見送る前に、わしはささやかな悪戯を思いつく。

「そうじゃ、鎖頭巾」

「あ、そっか」

彼女を呼び止め、鎖頭巾を両手で持ち上げる。

その隙に抱きしめる位、誕生日という免罪符を使って許してもらえばいい。

「ちょっ…辰馬」

「怪我の口止め料、ばっちりいただいたぜよ」

商人魂だと笑えば、彼女は呆れ顔を見せてからわしを振りほどいて古寺へと戻っていく。

深緋に黒鳶、鼠色。

それよりも気高い紅赤が、くすぶることなくここにある。

緩んだ口元から、甘ったるい戯れ言一つ。

「見事に狩られてしまったの」







紅葉狩り


   
Happy Birthday to Our President!!


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