clapping

□ハッピーエンドはまた来年
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一年後に二人が笑っていられるよう存在する、この一秒。










時計の針に急かされる。

右へ右へと進むそれは、夜明けを連れてくるのに必死だ。

秒針の規則正しさは一度耳につくと厄介で、なかなか頭から離れてくれない。

酒臭い溜め息をついて、仕方なくソファーから起き上がる。

安物のソファーが軋む音は、いつのまにか眠ってしまった罪悪感を一層掻き立てた。

「…寝ちまったか」

欠伸を噛み殺して首を回す。

どんなに酔い潰れようと、宴の後は普段よりも感覚が鋭くなってしまうのは、未だ過去に縛られているからだろう。

腐れ縁の仲間と過ごした戦場から随分離れた世界で生活しても、その事実は揺るがなかった。

テーブルの上はビールやチューハイの空き缶が無造作に転がっているが、食い物を食べ散らかした形跡はない。

それでもやけに胃が重いのは、相応の理由がある。

今夜は祝い事があった。

めでたいから騒ぐのか、騒ぐためにめでたくするのか。

どちらにせよ宴会には変わりない。

志村家で行われた、飲み食い自由の無礼講。

祭り騒ぎは朝まで続くかと思いきや、女子供に年寄りという顔ぶれのせいで夜中にお開きとなった。

眠ってしまった神楽は志村家に泊まらせ、大家であるクソババアとも別れた後。

ふらつく足取りで階段を上り乱暴に玄関を開けて、汗を吸ったブーツを脱ぐ。

浮腫んだ足の裏に床の冷たさが心地いい。

このまま寝てしまいたいと思う反面、足は冷蔵庫へ向かった。

飲み足りないわけではないのに、手に取った酒を一気飲みしてみると、意識はますます朦朧とする。

こうやって晩酌をしていれば、もしかしたらあいつがやってくるかもしれない。

そんなふうに女々しい言い訳を巡らせつつ、目を瞑った結果がこれだ。

日付が変わっただけで、特別なことなんて何も起こらない。

儚く虚しい現実は、寂しい男の定番だ。







どれくらい経ったのか、しばらくすると玄関の戸がそっと開かれる音がした。

微かな気配を察してしまうのは、俺もそんなふうにして家へと上がり込んだ心当たりがあるからだ。

一歩、二歩と廊下を踏みしめると、古びた板が鈍く唸る。

できるだけ音を立てないようにと用心した足音は、居間の手前でぴたりと止まった。

相手がその気なら茶番に付き合ってやろうと決めた俺は、ソファーにもたれかかって目を閉じる。

居間に入ってきた来客は、部屋の入口にあったスタンドの明かりをつけたらしく、瞼の上は薄明るい。

じわじわと俺に近づくそいつの顔はわからないが、このへんが潮時だろう。

そう判断した俺は、伸びてきた手を軽く掴んで目を開けた。

「よぉ、午前様か」

「坂田…起きてたの?」

「お前のおかげで目ェさめたわ。つーか何だ、警察が泥棒していいわけ?」

「馬鹿、何も盗んでないから」

「それにしたって立派な不法侵入だろ」

鼻で笑いながら、見慣れたそいつの顔を一瞥する。

姿格好がわかる程度の明るさでもはっきりと形どられた、黒い隊服と白いスカーフ。

性別を忘れて戦場を駆け回っていた幼なじみは今、真選組の副長補佐という役職に就いている。

「で、何の用?」

「わかってるくせに。…日付変わっちゃったけど、誕生日おめでとう」

そいつが視線を向けた先にかかっている柱時計は、午前二時を指している。

十月十一日が始まって間もない今、どうやらこいつなりに俺の誕生日を祝いたいらしい。

こんな歳になってまで律儀なヤツだと呆れていると、そいつは片手でよく知っているものを差し出した。

「これ、誕生日プレゼント」

「…ジャンプじゃねーか。しかもその表紙、」

「うん、今日発売のジャンプ。コンビニで並べ立てほやほや。坂田の一番欲しいものはこれでしょ?」

悪びれるでもなく笑うこいつに対して、突っ込みたいところは沢山ある。

誕生日プレゼントに週刊誌だなんて、もっと何か別の選択肢はなかったのだろうか。

だが、こういうときほど大人にならなければならないのもまた事実だ。

昨日歳を取ったばかりだ、落ち着け俺と頭の中で呪文のように繰り返す。

「素直に誕生日忘れてましたごめんなさい、でもいいんだけど」

「忘れてたっていうか…どうしたらいいかわからなくて」

できるだけ平静を装って返事をすれば、そいつは思いの外素直に項垂れた。

「昼間、見廻り中に新八君や神楽ちゃんがケーキやいちご牛乳を買うところを見かけたんだ。だから甘いものは十分かなって」

「糖分に限界はないだろ」

「それに覚えてる?私の誕生日、坂田が何をプレゼントしてくれたか」

「…忘れた」

「そのへんに積んであった、一年前のジャンプだよ」

「マジ?」

あれは有り得ないと呆れるこいつを横目に、そういえばそんなこともあったようななかったような後ろめたさが込み上げてくる。

燃えるゴミだか資源ゴミだかで処分しようとしていた中の一冊を適当に手渡したような、抹消したい記憶の一つ。

「まァ…何というか勢いで」

「だから私もジャンプにした。最新号だし、まだ読んでないでしょ?」

「あー…その、アレだ。サンキュ」

「よろしい」

許されるというよりは文句も言えない雰囲気に負けた俺は、大人しくジャンプを受け取ろうと手を伸ばす。

ところが、従順な態度が却って面白くなかったらしく、こいつは手を引っ込めてしまった。

「おい、これがプレゼントじゃねーのか」

「そうだけど、何か狡い」

「何がだよ」

「坂田ばっかり最新号で」

「は?」

「一年前のジャンプより最新号のほうがいい、絶対」

そいつはジャンプを手にしたまま、俺から一歩距離を取る。

「やっぱりあげない」

「お前、今更何言ってんの」

「一年間我慢して。このジャンプは一年後に渡すから」

冗談じゃない。

一週間待つのだって焦れったいのに、こいつは一体何を考えているのか。

勿論、俺が明日コンビニでジャンプを買えば済む話だろう。

ただ、目の前で生肉をちらつかせられても食いつかないほど、俺も馬鹿な男ではない。

それから先は、獣の本能に近かった。

こいつの背中を抱えて引き寄せれば、後は一瞬で終わる。

形勢逆転と言わんばかりにソファーへ押し倒せば、見事な据え膳の完成だ。

「…一年も無理だから」

「え?」

「読むなってか?」

「…別に、読んでもいいけど」

「馬鹿はお前だろ」



我慢できないのはこっちだ。

互いの唇が重なるまで、一年なんて待ってられない。








ハッピーエンドはまた来年


  
Happy Birthday to diabetic!!
 

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