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□二年後の白黒サンタの物語
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【黒サンタのおはなし】





子供には砂糖菓子を、大人には甘い時間を。

サンタクロースは寝ている間にやってくる。










気に障って仕方ない。

ひっそりと鼓膜を覆う静寂も、空から舞い降りてくる粉雪も、双方に弾かれてしまった俺も。

純白の結晶ははらはらとアスファルトの上に落ち、あっという間に消えていく。

今夜は雪だと言っていたのは、天気予報かあるいは地味な仕事仲間だったか。

世間がクリスマスの喧騒で浮かれているにも関わらず、十字架が最も似合うこの施設はいつもと変わらず静かなままだ。

煙草を吸えないこの部屋は、ヤニと縁遠いせいか何もかも白い。

ベッドやシーツ、壁に至るまで同じ色で、日が出ているうちに部屋に入ると眩しさのあまり目が霞んだ。

黒のスーツ姿の俺は、ここでは異物に近いのかもしれない。

狭い個室のベッド脇に立ち、音のない空間で寝息を聞き取ろうと耳を澄ます。

しばらくすると、微かに開いた口から小さな呼吸が漏れた。

浅い溜め息をつく俺は、脇に置かれたスチール椅子に腰かける。

一服したかったが、流石に病室で吸うわけにもいかず、勢いで取り出したフィルターは火をつけず指先で弄んだ。

「…ったく」

目の前に映し出された白い頬は滑らかで、熱を帯びているとは到底思えない。

舌打ちを殺せば、後に続く言葉も自然と飲み込まれてしまった。







緊張感溢れる現場でも飄々と仕事をこなし、勝手な行動を取っては始末書を書く羽目になる。

加えてどんなに絶望的な状況でも諦めない、妙な根性を持ち合わせた女SPがコイツだ。

お節介な性格と勘の良さが先走って、コイツだけ負傷するのも決して珍しくはない。

それでも毎回軽傷だったし、何より本人が暗い顔をしなかった。

そのせいで、俺はすっかり油断していた。

要人護衛でコイツが誰よりも早く動いてしまうこと。

それは俺に認められたいが故にそうしているのだと、うんざりするほど知っていたのに。







数時間前、街頭で要人の演説に立ち会っていたときも、その態度は変わりなかった。

雑踏に紛れたソイツは、無線を使って幼稚な話を持ちかける。

『土方さん』

『…何だ』

『この現場が終わったら飲みに行きましょう』

『いいから任務に集中しろ』

『クリスマスくらい、テロリストもおとなしくしててくれますよ…っ!』

その言葉が最後だった。

突然鳴り響いた発砲音は、一瞬で周囲へと弾け飛ぶ。

沸き上がった悲鳴は混乱した観衆を煽り、屋外といえ誰もが一斉にその場を離れようとして辺りはパニックになっていた。

だが、俺が驚いたのはこの現状ではない。

本来遠くで聞こえるはずの発砲音が耳に装着したイヤホンからはっきりと聞こえてしまったことだ。

『オイ…返事しろ、』

人混みをかき分け、要人の無事を確保したのと同時に目に映ったのは、膝をつき腹を抱えて俺を見上げたソイツの姿だった。







「最近忙しかったからって、タヌキ寝入りしてんじゃねェよ」

嫌味ったらしく話しかけても返事はなく、虚しさが増すだけだ。

暗い病室の中は照明がなくても白く、消毒液の匂いが漂い、雪はあらゆる音をかき消してしまう。

命に別状はない程度の負傷で済んだのは、幸か不幸か。

おかげで明日非番だった俺がコイツの代わりに出勤になったのは言うまでもない。

「テメェのせいで、明日も仕事になったじゃねーか」

俺の悪態も、ここではただの独り言だ。

大丈夫かなどとしおらしく心配したらいけない。

そんな生易しい態度を取ったりしたら、コイツは調子に乗ってますます眠り続けてしまう。

二人分の任務をこなしながら、煙草も吸えないこの空間に通う羽目になった俺の忙しさなんて、コイツは絶対にわからない。

いっそ便乗して過労か何かで倒れたなら、余計なことを考えずにいられるのだろうか。

そんなつまらないことを一瞬でも考えてしまう俺が、この上なく惨めで情けなかった。







今まで一緒に乗り越えた任務の記憶は、粉雪と違って儚く溶けたりしない。

一つ一つ積もっては、俺の奥底へと確実に溜め込まれていく。

コイツは懲りない女だ。

無茶な警護をして、何度こういう結末になったか覚えていないのだろうか。

もしそうだとしたら、学習能力が足りなさすぎる。

コイツの細胞が痛みを記憶しないなら、いっそ骨が苦しみを覚えればいい。

そうすれば、俺の仕事も一つ減って楽になるだろう。

「頭悪すぎだろ」

「…ひどい言われようだなぁ」

俯いていた俺に、弱々しい返事が届く。

視線を上げると、うっすら目を開けたコイツはゆっくりと俺のほうへ顔を向けた。

「逃げられましたか」

「ああ」

「やっぱり高杉相手だと、なかなか上手くいかないです」

「俺達の仕事は、テロリストを捕まえることじゃない」

「‘要人を護ることだ’…もう暗記しましたって」

すっかり乾いてしまった唇を動かすコイツは、血の気のない顔で弱々しく笑う。

いつもの快活さはないが、ふざけた雰囲気は健在らしい。

「まだクリスマスプレゼントもらってないです」

「…あ?」

「もらうまで、寝てられません」

だから目が覚めちゃいました、と言ってコイツは目を細めた。

「へらへらしやがって、そんなモンあるわけねェだろ」

「相変わらず意地悪ですね、土方さんは」

そこまで一気に話したコイツは気が済んだのか、再び目を閉じて寝息を立て始める。

やっぱりコイツは、俺の考えなんてどうでもいいらしい。

こんなときまで一方的に話してから逃げ出すなんて、タチが悪すぎる。

なのに、俺はそれ以上コイツを咎められなかった。

肝心なことを話さないのはお互い様だ。

俺も大概最悪な男だと自虐気味になりつつ、スーツのポケットへ手を入れる。

指先とぶつかったのは、小さな箱だ。

こんな日だけでも、少しはいい思いをさせてやりたい。

そんな俺の気持ちなんてお構いなしに、事件は容赦なく起こってしまった。

今回の負傷も、きっとコイツのちっぽけな脳味噌は覚えちゃくれないだろう。

ならばせめて、硬い骨に響けばいい。

掌でコイツの額に触れれば、頭蓋骨は歪むことなくそこにある。

「…覚えてろ」

骨に向かって情けない捨て台詞を吐く。

痛みがテメェだけのものだと思っているなら大間違いだ、そう説き伏せるようにぐりぐりと額を押した。

俺達は、どうしようもなく愚かな生き物だ。

何度でも同じことを繰り返しては、生きている限り必ず立ち上がってしまう。

額から手を離して立ち上がれば、掌には骨の感触がしっかりと残っていた。

これくらい硬いほうがちょうどいい。

呆気なく壊れても、簡単に死なれても、困るのは残されたほうなのだから。

「プレゼントが欲しいなら、早く自力で取りに来い」

病室を出る直前、煙草のフィルターを咥えながら掠れた声で呟いてみる。

きっとコイツは完治を待たずに俺の隣へ並ぶだろう。

そのとき俺はどんな表情をしているのだろうと思いながら、ドアを閉めて歩き出す。







次の季節は巡ってくる気配もない。

外に出れば、ちっぽけな俺を鼻で笑うかのように北風が通り過ぎていった。









   
黒の君には、優しくなれる奇跡を。

   
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