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□二年後の白黒サンタの物語
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【白サンタのおはなし】





子供には砂糖菓子を、大人には甘い時間を。

サンタクロースは寝ている間にやってくる。










うざったくて仕方ない。

後ろめたさを加速させる時計の針も、いくら待っても無反応な携帯電話も、その両方を気にする注意散漫な俺も。

底冷えする部屋で一人、かじかんだ指先を誤魔化しながらパソコンのキーを叩く。

缶コーヒーと栄養ドリンクは、毎年この時期の俺の主食だ。

今日も何本飲み干したかわからないそれの味にはとっくに飽きているが、他に食料も見当たらない。

既に消灯時間を過ぎた、営業社員が使用する狭いオフィスで溜め息をつく。

手元のスタンドと液晶画面を頼りに売り上げを打ち込めば、今日の仕事も終了だ。

もっとも、この仕事を無理に片付ける必要はない。

仕事の合間に明日処理しても問題ない内容だが、あえて今取りかかって時間を潰す。

不毛な聖夜を選んだ俺の前に、サンタクロースなど現れるわけもなかった。







冴えないクリスマスイブを迎えたきっかけは、数日前まで遡る。

糖尿寸前の甘党故か、洋菓子メーカーの社員となった俺の敵は望まずともやってくる十二月だ。

クリスマス前後の激務にも慣れて、気持ちの上でほんの少し余裕もできて。

そんな俺の前に現れたのが、小綺麗な格好をした男女だった。

高級フレンチやイタリアンの店が建ち並ぶ一等地を外回り中に歩いていると、見覚えのある二人が視界に映る。

街灯の明かりで確認しただけだが、あれはまさしく知った顔だ。

「高杉…?」

認めたくないが、ガキの頃からよく知っている腐れ縁のアイツは呆れる位モテる。

女に困ったことはない、そう自負する高杉に何度嫌味を返したかわからない。

高級洋菓子店のオーナーになったアイツが、高そうなコートとスーツを着て、半年先でも予約が取れない名店から出てきた。

ここまでならまだ鼻で笑っていられるが、問題はその後だ。

一緒に出てきた女はフォーマルな格好で、ヒールを穿いている。

ドレスの裾から視線を上げれば、予想もしない顔に辿り着いてしまった。

髪までセットした女は洋菓子メーカーのパティシエであり、俺とそういう関係になったアイツだ。

「…マジかよ」

本当に驚いたときほど、人間は大声を出さないらしい。

半開きの口を慌てて閉じ、建物の陰に身を潜める。

これじゃまるで俺が悪者みたいだと思える程度の冷静さはあったが、頭の中で二人の表情がぐるぐると渦巻き消えてくれない。

二人は俺に気づかないらしく、店の前に用意されていた車に乗り込み、どこかへ走り去っていった。

呆然としながらもスーツのポケットから携帯を取り出した俺は、通話履歴から彼女の番号を見つけ、発信ボタンに指を添える。

だが、あと一歩ならぬ一本の指でそれを押すことさえ躊躇われてしまった。

俺はここで一体何をしているのか。

彼女に何を問い詰める気なのか。

最後にメールをしたのは数日前、電話したのは一週間前。

ここ一ヶ月は店以外で会った試しもない彼女に投げつけられる言葉なんて、あるはずがなかった。







見間違いにしては鮮明な記憶を払拭しようと試みた昨夜。

クリスマス直前で泊まりに行っていいかなんて、明らかに無茶な要求だ。

それでも今までの彼女なら数時間だろうが一緒に眠ってくれたし、多忙でも断らなかったが、今回は違った。

やんわりと俺の申し出を断って、おやすみなさいと電話を切る。

こんなことなら会いに行くべきだった、きちんと顔を見て話すべきだったと携帯電話をベットに投げ出したのは言うまでもない。







そして今、クリスマス・イブに至る。

元々朝から休みなく店や百貨店の催事場、事務所を行き来していた俺は、珍しく積極的に残業へと取り組んだ。

聖夜は独り身に手厳しい。

クリスマスが終わるまでの辛抱だと言い聞かせて、引き出しの奥から発掘した美味くもない栄養補助食品を口へ運ぶ。

ぱさぱさと乾いたそれを咀嚼しながら二時間ぶりに立ち上がった俺は、何気なく窓のほうを見た。

雪が降り出したのか、はらはらと白く儚いものが落ちていく様子は暗い部屋の中だと一層目立つ。

「雪か…」

今夜はホワイトクリスマスが期待できそうだと、気象予報士が寒空の下ミニスカート姿で中継していたのを思い出す。

色恋沙汰がどうこう言っている場合ではない。

本降りになるなら、積もる前に帰ったほうがいいだろう。

道の様子を確かめようと窓の外を見下ろすが、サンタクロースもプレゼントの箱も流石に見当たらない。

その代わり、彼女がいた。

穿き古したデニムと防寒優先のダウンジャケットに、マフラーをぐるぐると巻き付けたいつもの彼女が。

「―…っ、」

視線を俺のほうに向けた彼女と目が合う前に、慌てて窓から離れる。

それから後は、無我夢中だった。

パソコンの電源を落としたかどうかもわからないまま、コートと鞄をひっつかんでフロアを飛び出す。

すぐに来るであろうエレベーターを待つ時間でさえもどかしくて、普段は絶対に使わない階段を駆け下りた。

勢いよく玄関の自動ドアをくぐれば、彼女は微かに笑っている。

「坂田さん、お疲れ様です」

「アンタほどじゃねーし、つーかこんな寒い中何やってんだよ。風邪引いたらどうすんだ」

「お腹減ってませんか?」

「は…?」

「お店のキッシュとスープ、帰って一緒に食べようかと思って」

女パティシエである彼女は、味気ない茶色の紙袋を持ち上げて俺へと差し出す。

坂田さんの好きなほうれん草とベーコンのキッシュとオニオンスープですよと言いながら、彼女は俺へ近づいた。

「高杉はいいのか?」

「高杉さん…ですか?」

「この前、綺麗な格好で一緒にいただろ」

「なんで知ってるんですか?」

「それはその…まぁ、アレだ」

「高杉さんのお店にパティシエとして来ないかと誘われました」

「それ、本当か?返事は?」

「早口なんて坂田さんらしくないですね。お話は断りました、このお店が一番ですから」

「泊まれないってのは?」

「坂田さんの声が深刻そうだったので、疲れてたら可哀想だなって思って」

「オマエは変なところで気ィ使いすぎ。…焦らせんなよ」

情けない安堵の声は彼女まで届かず、波打っていた俺の心臓が徐々に落ち着きを取り戻しているのがわかる。

「何か言いましたか?」

「いーや、それよりケーキはねェのか」

「あ…、忘れてました」

ごめんなさいと申し訳なさそうに項垂れる彼女が、北風を浴びて小さく震える。

会社の前だとか、人の目なんて一切考えずに手を伸ばして彼女を思いきり抱きしめると、甘ったるい砂糖の香りが漂った。

「じゃあ来年頼む」

「予約第一号ですね」

「二号は受け付けるなよ」

「勿論です」

サンタクロースでさえ邪魔できない。

どんなに一瞬でも、この時間は二人だけのものだ。







彼女から離れながら手を掴むと、指先はすっかり冷たい。

細い指先を温めてやりながら、雪の降る街並みを歩き始める。

大人の煩悩を靴下の中に隠した俺は、二人の時間がサンタクロースに邪魔されないよう、彼女に歩幅を合わせて歩き始めた。









   
白の君には、素直になれる魔法を。

   
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