special gift

□土方十四郎〜微笑篇〜
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誰もが誰かの後を追う、背中の数だけ続く世界。










夜空は濃紺から漆黒へと変わり、どこまでも果てしない。

ちらちらと浮かぶ星の数は、武州にいた頃よりも圧倒的に少なかった。

いつから天を見上げる余裕ができたのか、それほど昔の話ではないはずなのに、なぜかうまく思い出せない。

公務、公務、仮眠と雑務。

近藤さん達と江戸に出てきてから、足元を睨んではひたすら働き通す日々。

それは今でも変わらないが、いつのまにか俺は部下が必要なほど忙しく、偉くなってしまったようだ。

真選組副長なんて聞こえはいいものの、実態は警察としての通常業務からテロ対策、将軍のお守りまでこなす便利屋にすぎない。

並大抵ではない仕事量を他人に回し、少しでも負担を減らせ。

近藤さんはそんな内容の説教をしてから、いそいそと出かけていった。

『副長補佐は、トシについていけそうな隊士を選んでおいた。本人も承諾済みだからな!』

そう言われたのはいいものの、肝心の相手の名を聞く前に席を立たれてしまい今に至る。

行先は聞かなかったが、どうせ例のキャバ嬢がいるスナックに違いない。

あれこれ考え事をしながら中庭が見渡せる廊下を歩いていると、縁側に座り込んだ一人の隊士が目についた。

姿勢も横顔もよく知っていたが、明らかにいつもと違う雰囲気のソイツは、いつかの俺のように足元をじっと見ている。



「オイ、」

何してるんだと言いかけたところで、俺の顔を見たソイツに違和感を覚えた。

「副長」

「風祐…オマエ、その頭」

俺を呼ぶコイツの髪型が、昨日までと明らかに違う。

昨日は確かに長かったはずなのに、今はばっさりと短く切られていた。

男の俺と大差ない長さになってしまった髪は、夜風が吹いても靡くことはない。

「副長補佐になるには、短くしないとダメだって言われて…。」

「オマエが副長補佐なのか?」

「そうですよ、近藤さんに頭下げられちゃいましたから。」

後に続く言葉が見つからず、俺は口元を手で押さえた。

局長が隊士に頭を下げるなんてありえないが、近藤さんならやりかねない。

だが、それ以前に風祐を副長補佐にする意図が読めなかった。

コイツは総悟と並ぶ問題児で、扱いには誰もが困っている。

尚且つ近藤さんと並ぶ正直さを持ち合わせているせいで、俺に対して何かと口うるさく言及してきた。

ついこの前も、俺が単独で攘夷志士の会合に乗り込んだ際に一人で格好つけるななどと文句を言われている。

そんなコイツが、どうして俺の。





風祐は短くなってしまった毛先を指で摘まみ、唇を尖らせた。

「前の髪型、気に入ってたのに…」

「なら副長補佐にならなくてもいいだろ。近藤さんからの話を断ればよかったじゃねーか。」

言ってしまった後で、配慮が足りなかったかと反省したが、幸か不幸かコイツはそんなことでへそを曲げる女でもなかった。

縁側に座ったまま俺を睨みつけ、そのあとすぐに下を向くコイツは、いつかの俺の姿にも似ていてどこか危なっかしい。

近藤さんを支えようとして要領もわからず必死に働いていた、あの頃の俺に。

「髪はまた伸ばします、副長補佐だって認めてもらってからですけど。それより先にやりたいことがあるので。」

「…そうか」

訳も分からず適当な相槌を打てば、風祐は夜空を見上げて呟いた。

「副長のために、副長補佐になるんです。」





ああ、やっぱりそうだ。

コイツと俺は、よく似ている。





「近藤さんも、意外と見る目あるじゃねーか。」

「何か言いました?」

「いや、何でもない。俺のためなんてやめとけ。」

「勿論、真選組と局長のためにですよ。最後に副長です。…副長は皆のことを優先しちゃうから、誰かがフォローしないと。」

コイツは喋れば喋るほど言い訳めいた言葉になってしまうと気づいたのか、その後は急に黙ってしまった。

すっかり短くなってしまった風祐の髪を撫でるため、俺はそっと手を伸ばす。

変にすました撫で方なんざ、この髪型には似合わない。

単純に、乱暴に。

心臓を小指でひっかかれたような、むずむずする思いをそのまま掌に込めて、コイツの髪をわしゃわしゃとかき乱す。

「ちょっ…何するんですか副長!」

「悪くねェよ、このほうが」

触れやすい、なんて言ったらコイツはどんな顔をするだろうか。

俺の手を両手で捕まえた風祐は、結局されるがまま俺に撫でられ続けている。

縁側は薄暗く、コイツは俺の表情などロクに見えていないだろう。

そのほうが丁度いい。







「とりあえず今夜は前祝いだな、飲みに行くか。」

「副長の奢りですか?」

「一言多い。行くぞ。」

口元が微かに緩んでしまうのを抑えられない俺は、風祐の頭を軽く小突く。

風祐はやっぱり小言を言っていたが、立ち上がって俺の後をついてきた。

廊下は二人分の足音を乗せて、ぎしぎしと唸る。

この音がいつ耳慣れたものになるのかと思いながら、俺は軽く宙を仰いだ。










Fin


   
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