special gift

□土方十四郎〜バラガキ篇〜
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俺達は、何度でも立ち上がる生き物だ。










「どうやらあなたのようなタイプは、完全に息の根を止めねば死ぬまで絡みついてくるようですね」

情の欠片もない声は、俺をひたすら冷静にさせた。

怪物と称される鬼に斬られた身体は、生きる証をとめどなく垂れ流す。

どんな人間でも等しく、血は生臭い。

罪人だろうと鬼であろうと関係なく赤は紅いまま、温い鉄の匂いを漂わせている。







朦朧とする意識の片隅で走馬灯の如く思い出されたのは、幼い頃に追いかけたあの人の背中だった。

身寄りのない俺を引き取った挙げ句面倒を見て、いつも静かに笑っている。

夕日が沈む頃になれば、決まって俺の手を引いて家まで連れて帰ってくれた。

俺を庇い、永遠に光を失った人。

今頃、天高いところからこの世を自由に眺めているであろう人。

あの人のように強くなりたい。

その思いだけが、俺を動かす。



まだ、立てる。

立ち上がれる。

煙草に火をつけ、弾丸を避け。

刀を構え集中し、気を練って。



「そこをどきなさい、バラガキ」



身体が熱を持つ限り、俺は。







目を開け、刀を握れ、怪物を斬り伏せろ。

本能を剥き出しにすれば、口にした煙草の味を忘れてしまうほど神経が研ぎ澄まされる。

確かなものは、この手で拾い上げた感覚だけだ。

切っ先はヤツを捕え、躊躇いなく壁に突き刺す。

薄暗く怪しい月が照らし出す世界に、衝撃音は鈍く響き渡った。

うざったいほどの砂埃が、俺の視界を白っぽく汚している。







「副長」

震える声で絞り出された役職名を聞き取りながら、俺は咥えていた煙草のフィルターを地面に落とした。

風祐が、俺の背中を痛いほど睨み付けている。

大勢の隊士や鉄の声が飛び交うなか、迷いなく俺を射抜くのは副長補佐である風祐の視線。

事あるごとに俺の加勢をしようとする男勝りなアイツが、よく手も出さずにここまで我慢しているものだ。

風祐はやられっぱなしの俺を見て、どんな顔をしながら何を考えているのだろうか。

遠い日の俺のように、強さを求めるコイツをしっかりと育ててやりたい。

こんなにも弱い俺には到底無理な話だろうが、そう願わずにいられなかった。





「てめーはそうして飾られてんのがお似合いだぜ、汚ねェバラよ」

俺は駄目な上司だ、

「あなたが救いたがってるのは、土方家のかわいそうな自分だ」

誰一人、何一つ満足に救えない。

それでも護りたいものがあった。

教えることができないなら、せめて身を以て示してやりたい。

たとえくたばろうとも、信念に忠実である術を。







「副長っ!」

鉄が見廻組に取り囲まれているであろう状況下で聞こえてきたのは、風祐の声だった。

「こっちです、早く」

そう言いながらビルの階段を数歩先に駆け上がる風祐は歯を食いしばり、辛そうな表情をしている。

「オマエ、よく我慢できたな…っ」

「後で死ぬほど誉めてください…!」

屋上に辿り着く直前のところで息を切らしながら問いかければ、風祐は悔しそうな声を捻り出した。

この戦いは俺のものだと、コイツなりに理解しているのだろう。

だからこそ刀は構えず、いつものようにでしゃばることもない。

その代わり相当歯がゆい思いをしているはずで、風祐の心情を想像すれば、胸はちくちくと微かに痛む。

自身の手が届く距離にいるうちは、どんなに非力だろうが誰だって手を伸ばしたくなるものだ。



「風祐」

「―っ、」

屋上へと続く重そうな扉を引きながら、風祐は返事もままならない恰好でちらりと俺の目を見る。

「…オマエは鉄を見捨てないのか?」

「冗談言わないでください、全部を抱え込むひとだから、私は副長についていくんですよ…っ」

風祐は扉を思いきり開け、俺に早く先へ向かうよう視線を向けた。



ああ、そうか。

俺がコイツを強くしてやりたいと思うのと同じくらい、コイツは俺に強く在ってほしいのだ。







俺は風祐の頭に軽く手を置いて、一歩踏み出す。

「上等だ、」

闇の先、絶望の向こう側へ。

たとえ茨の道になろうとも、コイツとなら悪くない。

果てに何が待ち構えているのかわからなくとも、繰り返し立ち上がる。



俺と風祐、真選組とはそういう生き物だ。







「俺達にしかできねー事もあんだろ」

いつか散るその日まで、

「悪ガキが罪人見捨てたらシメーだろーが」

命を燃やして咲き誇れ。





先が見えずとも、茨の道を駆け抜ける。

俺達は、何度でも立ち上がる生き物だ。










Fin


   
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