アゲハ蝶

□Complicated
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それは吉報か訃報か。

自分自身を生かすか、殺すか。





「トシ、入るぞ」

近藤さんの声がする。

俺は風呂に入った後、朝稽古を休んで書類整理に没頭していた。

これが終われば、山崎と張り込みに行けると思っていた矢先。



「近藤さん、どうした?」

返事をすれば、近藤さんはずかずかと俺の部屋に入り、どかっと胡坐をかいて座る。

女共からゴリラだの何だの言われる所以は、見た目よりもその豪快な仕草にあるのかもしれない。



近藤さんは真面目な顔で切り出す。



「ミツバ殿が見えた。今、座敷に通して、お茶をお出ししたところでな。俺はこれからお会いしてくる」

「…ああ」

近藤さんが言いたいことは、何となくわかってしまった。

「式の話にもなるだろう。真選組総出で祝いたいと言うつもりだ。昔からの付き合いだしな」

「いいんじゃねぇのか」

「…トシ、お前も顔を出しておかないか。ミツバ殿もきっと喜ぶぞ」

「悪ィが、今日は忙しいんだ」







忙しい。

なんて便利な言葉なのだろうか。

会いたくないとか顔を見たくないとか。

…あわせる顔がないとか。

そういう他の言い訳よりも、スマートで数段強い。







「…そうか」

こういうときの近藤さんは、流石に俺より年上だけあると思う。

全部わかっていようが、それでも俺を責めない目。

俺が一番苦手とする、近藤さんの表情。





「トシ。これは聞き流してくれて構わない」

近藤さんは真っ直ぐ俺を見て、丁寧に話し出す。

「お前は今まで真選組のためによく働いてくれた。勿論これからも、今まで以上に働いてもらいたいと思っている」

「どうしたんだよ、急に」





相手が違えば、笑い出してしまいそうな話。

よく働いた。

これからも。

そんなことを言われるほど、俺は何かしたわけじゃない。

ただひたすら、日々に振り回されてきただけだ。





「でもな、たとえどんな仕事をしていても、幸せになる権利はあるんだ」

その言葉は、重く。

「お前が幸せになりたがらないなら…確実に誰かが不幸になる。トシはそれをわかってないだろう」

鉛のように、ずしりと俺にのしかかる。





「近藤さん」

その重力を跳ね返すかのように、

「俺は、誰の人生も預かってないぜ。まぁ、隊士のことは考えてやらなきゃならねェが…」

つまらないことを言ってみれば。

「…いずれわかるときが来る。そのときに、後悔しない選択をしてほしいと思ったんだ。余計なお世話だろうがな」

近藤さんは、いつになく最後まで真剣で。

何か妙なことでも起きなければいいが、真夏の雹か雪でも降る前触れかと思いながら。







幸せについて。



そんな、考えたこともない夢を、頭の片隅に追いやって。









   
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