special thanks 1
□あなたの世界に還りたい
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ゆらゆらと、空を歩く夢を見ている。
厳密に言えば夢じゃなくて、本当に空を歩いているけれど。
その現実味のなさは、夢と呼ぶのに相応しい。
せっかくだからと、空の高いところまでてくてくと登る。
大気圏も突破しちゃおうかと思ったけど、流石に途中で息切れして諦めた。
(下に降りたいんだけど。)
まだまだ遠くに見える雲の上に向かって呟いてみれば、しゅーっと一気に急降下。
じゃあ登るときもエレベーターか何かで一気に上らせてほしかったと思いながら、着いたところは病院の三階、窓の外。
(失礼しまーす、)
失礼も何も、これ私の病室だからね。
一人でツッコみながら、するりと壁を通り抜けた。
窓が開けられない代わりに、妙な特技ができて。
今なら、覗き見も盗聴もし放題。
この状態は、いわゆる幽霊ってヤツなんだろうか。
でも私、まだ一応生きてるし。
ぶつぶつ言いながら、ベッドを覗き込む。
傷一つない綺麗な顔で鼾も立てず眠る私は、美化すればまるで白雪姫のようで。
その横には、やる気のない表情でぼーっと立ってる銀ちゃん。
あぁ今日もご苦労様、と他人事のように挨拶をする。
何日か前、万事屋で冷蔵庫にあった銀ちゃんのプリンを勝手に食べて。
そのことで喧嘩して、万事屋を飛び出した。
「テメェみたいな甘党の敵は、一生帰ってくんな。」
銀ちゃんにそう言われて最初は苛々したけど、一人で歩くうちに寂しくなって。
ごめんねを言うためにプリンを買って、来た道を引き返して。
雨が降り始め小走りになりながら、もう少しで万事屋が見えてくるときだった。
角を猛スピードで曲がってきたトラックに、軽々とはねられて。
ぐちゃっと潰れたプリンが視界の隅に映って、勿体ないなと思いながら目を閉じて。
目が覚めたら、こうなってた。
身体の中には、戻れなかった。
「オマエ、いつまでこーしてるわけ?」
二人きりの病室で、銀ちゃんがふいに話し出す。
スタンド的な私が見えているのかと思ったら、白雪姫の方に話しかけていて、少し残念な気持ちになる。
もっとも、スタンドが苦手な銀ちゃんは、今の私が見えたら逃げ出すかもしれない。
それはそれで悲しいかも、と思いながら。
「ドッキリにしては長すぎるだろ。銀さんいーかげん疲れてきたから。」
銀ちゃんは無表情だった。
少しだけ近づいてみるけど、反応はない。
「いくら俺がナースもののAV好きだからって、毎日病院来てたら飽きるっつーの。」
大きな手が、白雪姫みたいな私の髪の毛をくるくると絡め取るように触る。
銀ちゃんのその癖、気持ちよくて好きだったな。
「しかもプリン潰すし。ほんとオマエは甘党の敵だわ。」
憎まれ口を叩かれるのには慣れていたけど、流石にひどいなぁとぼんやり眺める。
(銀ちゃん)
呼んでも当然、返事はない。
銀ちゃんの天パにそっと手をあてれば、するりと簡単に通り抜け。
もうこの猫っ毛にも触れないんだと思うと、鼻の奥がつんとした。
(銀ちゃんの言葉通り、一生帰れないかもしれないよ。)
「一生帰ってくんななんて、嘘に決まってるだろ…空気読めって。」
力なくうなだれる後ろ姿。
相変わらず白雪姫な、私。
本当に白雪姫ならよかったのに、そしたらキスで目覚めるのに。
白馬に乗った王子様のキスじゃないけど、世界で一番大好きな銀ちゃんのキスで。
(銀ちゃん、ごめんね。)
次の瞬間、銀ちゃんは白雪姫にキスをした。
顔を近づけて、目を閉じて、優しくてさりげない触れ方で。
その感触も、今の私にはわからない。
唇を離せば、独り言みたいに呟く。
「許してくれって…俺が悪かったから。」
銀ちゃんの肩は、微かに震えていた。
見ちゃいけないかな、と思って、銀ちゃんの背中と私の背中をあわせたまま立ちつくす。
(いつか、「好き」って言いたかったな。ごめんね、銀ちゃん。)
あなたのいる世界には、もう還れないかもしれないけど。
それでもどうか、しあわせになってほしくて。
私はぎゅっと目を閉じて、銀ちゃんの背中を力一杯抱きしめた。
Fin